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2005/01/09

いにしえの女たち その一 建礼門院右京大夫

小泉首相が「ブッシュの飼い犬」よろしく約束してきた、
自衛隊のイラク派遣は、国内で論議も尽くさないまま
「多国籍軍への参加」へと形を変えてしまい、「自衛隊は
多国籍軍に参加できる」という、もっとも悪しき前例を
作ってしまった。


しかも、この派遣は議論も尽くさぬまま、延長まで
決められてしまった。(もしかしたら、小泉首相に
とっては「自動的」に決まっていたことなのかも
しれない)。

もしかしたら一番このことに驚いているのは、
自衛隊員やその家族かもしれない、と思う。
復興支援、災害支援などが主な役割、と
思って働いていたら、いつの間にかイラクに
行かされることになり、しかも「軍隊」に参加
しなければならなくなってしまったのだから。

先日も、元ヤンキーで、今は教師を目指して
マジメに頑張っている男子大学生と話をして
いたら、「僕、国のために働きたい、って考えて、
自衛隊に入ろうかと思ったこともあるんですよね。
願書まで取り寄せたんです。そうしたら、親に、
『今までの※親不孝は全部許すから、自分たち
より先に死ぬような親不孝はやめてくれ』って
泣かれて…。

高校やめたような今までの親不孝は許すけど、
自衛隊に入るのはもっと親不孝だ、って
言われたわけですよ。さすがにそう言われたら、
あきらめました」という話になったので、
「やっぱり最近の自衛隊には『死と隣り
合わせ』という考えがついて回るんだなぁ」、と
改めて感じた。

(※「親不孝」というのは、あくまでもこの男性の
両親の意見としてとらえていただきたい。私が
そう思っているわけではない。念のために
書いておく)

イラクに行く自衛隊員の家族が、涙をこらえて
見送るニュースを見ていると、私にはある
女性のことが頭に浮かんで離れなくなる。
建礼門院右京大夫(けんれいもんいん
うきょうのだいぶ)、という平安時代末から、
鎌倉時代にかけて生きた女性のことだ。

彼女は、書道家の父、琴の名手の母の元に
生まれ育った、まさに才色兼備の女房で、
建礼門院徳子という、平清盛の娘に仕えていた。

この建礼門院右京大夫は、平氏の美貌の貴公子、
平資盛(たいらのすけもり)の恋人だった。
『平家物語』にも登場する人物だ。付き合い
始めた頃の彼は、まさに「この世の盛り」を
楽しんでいて、さぞかしステキでお金持ち
だったのだろう。なにせ、「平氏にあらずんば
人にあらず」、と言われた頃の「平氏」の一族
なのだから。
 
ただ、「おごれる者は久しからず」。平氏にも
無情なまでの没落の時がやってくる。
建礼門院右京大夫の愛する彼、平資盛も、
都落ちといって京都から逃げ出し、西へ西へと
逃亡の旅を始める。逃亡、といっても、逃げ
切れるあてなどないし、見つかれば処刑される。
だから結局「死」しか待っていない、地獄への旅なのだ。

彼女も生き別れた時に、「二度とは生きて
会えない」と覚悟していただろう。でも、
「あの人だけは助かって欲しい」、そう思う
のが、切実な女心なのではないか。

だが、現実とはあまりに非情なものだ。彼の
無事だけを思って待っていた彼女のもとに、
これ以上ない、悲しみの知らせが届いてしまった。

その日から彼女は何も手につかなくなり、ただ
あふれてくる涙をぬぐうだけの生活になって
しまった。他人に見られたらみっともないから、と、
「気分が悪い」と、布団を頭からかぶって一日中
泣いて過ごしたこともある。心配して手紙をくれた
知人に、「世間一般の悲しみと、私の悲しみは
違います、下手な同情はやめて」、と返事を
書いたこともある。

この話を初めて読んだ時、私は、「今の時代の
人間が、愛する人を突然失った時と、おんなじ
なんだ」と心の底から痛みがわきあがってきた。
なんだかとても悲しい気持ちになり、「つらい
よね」と建礼門院右京大夫の横で、ただ一緒に
泣きたかった。

今この話を聞いて、「そんな、ケンレイなんとか
なんていう女の言うことはぜんっぜん理解
できない」、とバッサリ切り捨てられる人は
あまりいないのではないか。

昨年日本中を席巻した「セカチュー」みたいに
病気ではないが、ある日突然恋人の死を宣告
されて、その恋人とはもう会えないよ、と言われて
しまうのだ。

確かめたくても、今のように手段もなく、遺骨
などまして見られるはずがない。あるとすれば、
おぞましい「生首」くらいなのだから、見ない
ほうがマシなのだ。今の時代よりずっとずっと、
「心では納得できないまま」死という事実だけを
受け入れなければならなかった。

建礼門院右京大夫は、その後、彼を忘れようと
しても忘れられず、仕事をしながらも彼との
思い出を大事にしながら生きていった。そして、
年をとってから、この悲しい人生を本にまとめた。
彼女こそ、貴族から武士に主権が移り変わり
つつある激動の世の中で、人生の波を狂わされた、
不幸な、「戦争の一犠牲者」なのだ。

いまだ、自衛隊員にはイラクでの犠牲者は
出ていない。でも、民間人の犠牲者は不幸にも
出てしまった。「予期していたことだから」と気丈な
対応をする遺族が話題になったが、彼女たち
だって建礼門院右京大夫と同じ気持ちなのでは
ないのだろうか、と気がかりだ。

そして、自衛隊員の家族にだって、これから二度と、
建礼門院右京大夫のような気持ちを絶対に
味わわせてはならない。
  
だから、そのためにも、この、歴史の中に埋もれた
「戦乱の犠牲になった女性」のことを、もっと多くの
人に知ってほしい。「平家物語」を題材にした
大河ドラマが始まる日だからこそ、私は今、真剣に
そう思っている。

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