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2005/01/10

ザ・年賀状

今年もまたたくさん年賀状が届いた。

ほんのちょっと前までは、一枚一枚、宛名の字から
「あ、これは○○ちゃん」、「□□さんだなあ」
なんて想像しながら、ひっくり返して裏を見ていたような
気がするけど、この数年は宛名までもパソコン書きの
ものばかりになって、なんだか味気ない。
印刷された字を見ても、誰からなのかほとんど想像できない。

でも、基本的に年賀状は、毎年やりとりしていても、
人生の移り変わりがはっきり出ていて面白い。最近は
メールで済ませる人もいるけれど、私にとっては結構
気に入っているアイテムだ。そして、私たち世代の
女性にとっては、これほど「価値観」を如実に表して
いるアイテムも、他に見当たらない、と思う。

独身の時には「忙しいから」と、こちらがきちんと年賀状を
出したのに、メールで返事をよこした元クラスメイト。
結婚したとたん、オリジナルの写真入り年賀状を
毎年送ってくるようになった。

夫婦と子どもの一家の写真の下には、酉がモチーフの
デザインで、「2005年 ○○家」とある。きっと、まめな
だんなさんが考える、「一家仲良し・年賀状」。

それから、毎年毎年、子どもが一人で写った写真の、
「うちの子可愛いでしょう!年賀状」を送ってくる後輩。
私は彼女の子どもには一回も会ったことがないから、
子どもの写真だけ見ても、感慨なんてわかない。
それに、彼女の元気そうな顔だって見てみたい。
確か以前、彼女の勤め先が倒産した。そのニュースを
聞いて、驚いてメールを出したっけ。でも、その後の
ことは聞いてない。

この彼女からは、おととし、喪中欠礼のハガキが届いたの
だが、それを見てまたまたびっくり!だって、「あいさつ文」と、
「夫婦の氏名」しか書いていないのだから。「え、住所どこ?」と
何度も両面をひっくり返しても書いていなかった。

思うに、彼女たちはいつも業者に頼んでかわいい年賀状を
作っていたから、自分たちで初めてパソコンで欠礼ハガキを
作った時、住所などを入れるのを忘れてしまったのだろう。
でも、作る前にソフトの見本くらい見なさいよ、と言いたい。

それと、今年初めてもらった同僚の年賀状で驚いたのが、
仕事の相手なのに、夫婦一緒の写真入り年賀状。仕事の
仲間に配偶者の顔を見せる必要があるんだろうか?
それほどこの人とはプライベートの立ち入った話をしていない
から、いきなりそんな年賀状が来て驚いた。私は、「ふーん、
この人のお相手はこういう方なのか」、で終わりだが、
中には「こんなラブラブ見せ付けて!」と怒る人もいるのかも
しれない。

仕事用にはそれぞれ個人名の年賀状を作り、
親戚用にだけ連名で、写真入りのを送っている。

それに、冠婚葬祭のマナーで有名な塩月弥生子さんの本にも
「仕事の付き合いの人に、プライベートな家族の写真を送る
のはいかがなものか」とはっきり書いてある。この文を、私は、
写真入り年賀状を親戚だけに送る理由のひとつにしている。

あと、「夫婦別姓」年賀状もたくさん届く。私より上の世代の
女性を見ていると、キャリアのある方でも夫婦同姓が多い。
おそらく1960年(昭和35)頃生まれの人が境界線で、それより
上は圧倒的に「夫婦同姓」(選ぶ余地などなかったのだろう)、
下は、「夫婦同姓」「夫婦別姓」、それぞれを選んで仕事を
続けている。

日本で夫婦別姓で仕事ができるようになったのは、そんなに
古い話ではないのだ。もちろん、法的に完全な夫婦別姓は
日本では認められていないので、大半が「結婚後の通称
使用」ということになる。

個人の問題だから、別姓にすることを私はとやかく言いたい
わけじゃない。よく言う別姓反対論者の「別姓にすると家庭が
崩壊する」なんてことも、これっぽっちも思っていない。でも、
やるなら堂々と、そして、仕事とか親戚づきあいとかを考えて
行なうべきではないかと思うのだ。

たとえば、往生際の悪い感じの「こっそり夫婦別姓」年賀状。
だんなの実家とか親戚にはナイショ、というのだろう。これは
年賀状を見ると一発でばれる。こんな年賀状を送ってきたのは、
また別の後輩。年賀状には

「山田太郎
 鈴木花子」(※仮名)
とあるのだが、印刷されているのは、
「山田太郎 
    花子」(※仮名)

の部分だけ。つまり、彼女の「鈴木」の名字は手書きで書き
足してある。「あれ、なんでここだけ手書きなんだろう」と気づき、
それからよくよく考えて、ああそうか、きっと、夫婦同姓で
年賀状を作って、それで出したところもあるんだ。だけど、
彼女は自分の周囲でだけは別姓を通していて、こんな
「こっそり夫婦別姓・年賀状」になったのか、とナットクした。

でも、結局見る人が見たら、家の事情をさらけだしていて、
とてもみっともない。こんな苦肉の策をとるくらいなら、
最初から自分の知り合いには、自分の名前だけ印刷した
年賀状にすればいいのに、と思う。周りの人は結婚したって
知ってるんだし。

実は彼女、大学院在学中に結婚したのだが、それまでに
業績となる論文を一本も書いていないし、仕事もして
いなかった。だから、周りから見れば夫婦別姓にする
理由はないのだが、きっと「夫婦別姓のほうがカッコイイ」って
いう、カン違いな思い込みからこんなことにしたんだろう。でも、
それは「仕事や実績がある人がすること」で、「何にも実績の
ない」人がするのは、はたから見たらギャグにしかならない。
彼女はそれに気づいていないんだろう。

それから、私のいとこ(男性)。結婚相手が別姓で仕事を
したいようで、親戚の私のところにも、夫婦別姓で二人の
名前が書いてある、こんな年賀状が届く。

 「鈴木太郎
  斉藤花子」(※仮名)

別にいとこのパートナーさんが通称で仕事をしたって良い。
でも、それをなんで親戚の私のところにまでわざわざ言わないと
いけないんだろう?私が、いとこのパートナーさんを呼ぶ時は、
「花子さん」が普通のはずで、「齊藤さん」なんて呼ぶことが
あるんだろうか?夫婦別姓をするのは仕事の上だけなんだから、
家で年賀状を作っているくらいなら、親戚用にだけ違うフォーマットの
物を用意したらいいのに。それとも、この人は親戚からも
「齊藤さん」って呼ばれたいのかな、なんて私は深読みしてしまう。

この年賀状だったら、そう呼ばれても文句は絶対言えない。
今度会ったら名字で呼んでみようかな、どんな顔をするだろう。

それから、数年前にもらった、元クラスメイト(さっきの「一家
仲良し」とは別人)の年賀状。忘れもしない、その年の
年賀状には彼女とパートナーの名前、そして、
「おなかの中にもう一人」と書かれていた。

これをもらった時、イヤな予感が背中を走ったことを今でも
まざまざと覚えている。「こんなことを書いて、もしも子どもが
無事生まれなかったらどうするんだろう!」と、とても
寒々しい気持ちになった。

そして、数ヵ月後、不幸にもその予感は的中してしまった。
翌年の彼女の年賀状は、また夫婦の名前だけに戻って
しまった。

(私が彼女の不幸なできごとを知ったのは、彼女の親御さんが
新聞の投書欄に投書したのがきっかけだった。彼女からは
その後数年間、一切その後のことに関して説明がない。
今は子どもも無事生まれて幸せそうなのだが、年賀状に
書いてしまった以上、説明をすべきだったのではないだろうか。
新聞を読んでいなかった別のクラスメイトは、彼女に
「おめでとう!!お祝いを贈るね」、と言う寸前だったのだから)

大学などで日本の古典を一応かじったらわかるのだが、
出産とは命がけの行為に他ならない。だから、出産の際に
母子共に亡くなること、母親だけ命を落とす、あるいは
生まれてみたが息をしていなかった…。こんなことは
古典作品の中にいくらでも出てくる。

だから、僧侶による加持祈祷(かじきとう)が大変重要だった。
天皇のお后などの出産ともなれば、24時間休みなく、交代で
数十人もの僧がずっとお経を読み続け、安産を祈ったのだ。

また、医療の未発達な国では、出産で母子共に命を落とす
ことだって珍しくない。日本でも数十年前まではちっとも
珍しいことではなかった。

だが、医療技術のめざましい発達で、超未熟児で生まれた
子どもも助かるようになり、出産で命を落とす母も子も、
劇的に減った。でも、決してゼロではない。

そして、核家族化の極端な進行もあって、出産とは命がけの
行為に他ならない、危険と背中合わせということが今の日本
社会では完全に忘れられている。

だから、雑誌でこんな「大人の冠婚葬祭マナー」という記事を
見た時、大声をあげるほど驚いた。「自分の留学中に友人が
出産予定なので、先に出産祝いをあげても良いですか。」

…いいわけないでしょ!!

こんな人が身近にいたら、いくらその人がセレブを気取って
いたとしても、教養のない人だと私は内心でさげすむだろう。

年賀状はそもそも、明治時代になって、郵便制度が始まって
から広まったもので、たかだか100年ちょっとの歴史しかない。
その中で、女性が今のように夫婦別姓で仕事をする期間は、
ほんの10年少しの期間しかないのだ。

まして、これは日本独自の風習、と言っても良い。欧米では
クリスマスカードなどのグリーティングカードがある。だから、
グローバルスタンダードなど求められるわけもない。

そして、これも急激な核家族化の進行のせいで、冠婚葬祭の
基本がきちんと親から子どもに伝承されていない。だから、
仕事の付き合いしかない人に家族の写真入り年賀状を送って
みたり、おかしな「こっそり夫婦別姓」年賀状を送ってみたり、
出産の危険が忘れられて「おなかの中にもう一人」と書いて
みたり、という、しっちゃかめっちゃかなことになっている。

そして、最近の新入社員は、メールしか友人とやりとりを
しないので、会社に入って初めて年賀状を書けといわれ、
「俺、書いたことないッすよ!」と言う話もちらほら聞いている。

こうなると、そのうち「決定版!これが日本の年賀状」という
マニュアル本でも作らないとだめなのかもしれない。
いっそ私が作ろうかな。

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コメント

私はキャリアウーマンではないですが
夫婦別姓は賛成です。
というか、すぐに法制化してほしいと思います。
結婚によって改姓が(実質女性の側だけ)
強制されるというのは
とても理不尽です。

年賀状で子供だけ写ってる写真があると
正直「子供だけじゃなくて○○の写真も
見たかったな」なんて思います。
私は不妊症で子供を自然には授かれないので
自分の子供と比べるということもないですし。
でも多分、これは圧倒的に「親戚用」として
作ったものを友達にも使ってるのかな?
と思うようになりました。
やはり年末になってどたばたしてくると
作りわけも面倒なんでしょうね(笑)
そういう時は、忙しい彼女を思いながら
しばし思い出に浸ってみたりします。

投稿: vanilla | 2007/08/15 16:43

>vanillaさん


はじめまして、コメントありがとう
ございました。


夫婦別姓は現在の安倍内閣では
話題にもなりませんよね。
民主党は政権交代を加速させる
ポイントのひとつに、この問題を
選んでも良いと思うのですが、
反対が根強いのでしょうか。


>これは圧倒的に「親戚用」として
>作ったものを友達にも使ってるの
>かな?


そうかもしれませんね。友達への
転用なら許容範囲かもしれませんね。
仕事用への転用はまずいと思い
ますが…。


ご病気、治療なさっているので
しょうか。もしそうでしたら、
おつらいことが多いと思いますが、
どうぞ、あせらずに取り組まれて
下さいね。


また良かったらおいで下さい。

投稿: つきのみどり | 2007/08/15 21:43

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うちではクリスマスが終わると年賀状を作り始めます。先ほど年賀状をポストに投函した [続きを読む]

受信: 2005/01/10 18:56

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