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2005/02/21

総合学習でのつぶやき

この数週間、中山文部科学大臣の「脱・ゆとり教育」
発言、そして、「総合学習継続」発言など、教育を巡る
問題がクローズアップされている。

前にメルマガVol.011で書いたこともあるのだが、
総合学習というのは、今のやり方ではどうやっても
「教員ひとりひとりの資質」に全ての成果がかかって
しまう。言い方を変えれば、「教員の知恵の引き出しの
数と中身」で、全てが決まる。

だから、生徒のがわから見ても、「総合は楽しかった」、
「こんな総合2度と受けたくない」と、それこそ評価を
数値換算したら、0点から100点まで並んでしまう
ことになる。

教員として仕事をしていると、明らかに2つのタイプの
人がいる、と思う。それは、

1.好奇心があり、創意工夫のできる人
2.与えられたこと、決められたことはできるが、それ
以外には目を向けられない、あるいは向けようと
思わない人

この2つ。

1.の人はまさに字の通り。積極的に新しい試みを
授業に取り入れようとしているから、「毎年同じ
授業」ということは決してないし、総合も、創意
工夫をして、うまくやっている。

2.の人は、マニュアルに沿った授業ならうまい。
だから、通常の教科の授業の場合は問題ない。
でも、「自分の判断で」と言われると、非常に弱い。
どうしていいかわからず、総合の授業など、苦痛で
仕方がない。

他の教科、世の中で問題にされていることにも
あまり関心がない場合もあり、そうなると、「他の
ことと自分の興味のあることを結びつけて授業を
する」ことなどできるはずもない。

若い人ならまだ改善の余地があっても、ベテランの
域に入った方で、2.のタイプだと、総合学習に
悪戦苦闘しているのが見て取れる。ひどい場合、
「出席をとって終わり」という話も珍しくない。
こういう人は、総合学習など「消えてなくなれ」と
思っているのではないか。

そもそも総合学習は、「子どもたちに自ら学び自ら
考える力や学び方やものの考え方などを身に付け
させ、よりよく問題を解決する資質や能力などを
育むことをねらい」をつけることが主な目的である。

でも、2.の人は、もともと「決められたこと」しか
できない、したくないのだから、そういう人には
自ら考えろ、と生徒に言う資格すらない、と私は
思っている。

研修を受けて改善する場合もあるが、改善できる
だけの能力のない人、長年同じ考えてきたので、
もう改善の余地のない人もいる。そういう人には、
総合学習をまかせず、保護者や企業などで
アイデアを持っているところの知恵を借りて行なう、
というのもある種の解決策ではないのだろうか。

そろそろ年度末。お子さんの受けている総合学習が
明らかに内容のないものだったなら、学校に改善策を
提案してほしい。アイデアのある方は、どんどん学校に
売り込んで欲しい。ささいなことかもしれないが、
それが「総合学習」を良くする何よりのきっかけになる
可能性を秘めているのだから。

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