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2005/03/18

「AERA」Vol.015「中高一貫女子は幸せか」について

発売中の「AERA」Vol.015で「中高一貫女子は幸せか」
という特集記事がある。

母親が女子校出身で、個性に合っていたからと言って、
子どもも同じ、とは限らない。私の場合でも、母は
「古きよき時代の」女子校出身だが、私は共学に
行った。進路を決める時、私が、女子校に進んだ
同級生から聞いた「女の子しかいなくて、だらしなく
なる。だからやめたほうがいい」という話をしたところ、
母が「まぁー!!」と、気絶しそうになっていた姿が
今もありありと浮かぶ。

これは極端な例かもしれないが、女子しかいない
から、勉強などに集中できるというのは大きいメリット
なのだろう。また、力仕事も自分たちでやるので、
男子に頼らなくても自立できる、というのもあるかも
しれない。

だが、記事に書かれていない、重大なデメリットが
あると私は感じている。それは、かつての同級生の
話や、今までの経験からはっきりと語れること。
それは、「女子しかいないので、いじめがエスカレート
しやすい」。

(この頃都内では、私立中・高一貫の女子校が、
どんどん高校での募集を停止している。それは、
高校からの入学生を「勉強でも精神面でも、中学
から持ち上がりの生徒の仲間に入れるように気を
配る」教員の負担が大きすぎるからではないか、と
私はにらんでいる)

高校生くらいになると、ある程度のレベルの学校の
男子なら、恐らく、自分と違うタイプの人がいても、
「あいつはああだから」と言って、付き合いをしなく
なるのではないか。だから、特に大きな問題は
起こらない。でも、女の子は違う。「あの子は
おかしいね」と言って、仲間に入れなくなる。

いちばん最初に「女子校だとだらしなくなる」話を
書いたが、それを教えてくれたのは、塾での仲良し
同級生。その子は家庭の方針で、中学から女子校に
行った。彼女がある時、「自分の周囲でひどい
いじめが起きている。でも、間に入って止めたら、
自分も嫌がらせを受ける。いじめをしている人も最低
だけど、見て見ぬふりをしている自分も嫌いだ」と言って
いた。そして、「女の子しかいないからね、いじめなんて
すさまじいよ。女子校に行ったらだめだよ」と、私に
真顔で忠告してきた。

この時の話は今も頭の片隅にあるのだが、今の
子どもを見ていて、私たちの時代とも違って更に
恐ろしいと感じるのが、「許容できる人の範囲が
どんどん狭くなっている」こと。

以前、20人程度の選択授業(希望者のみが受ける)の
生徒2名と職員室で話していた時のこと。ちょっと
思い出したことがあったので、「同じホームルームで、
この授業に出ている人にも、この話を伝えてくれる」と
生徒に言ったところ、返ってきたのはこんな言葉だった。

「え、知らない人になんて、口きけないですよ」
「そうそう」

同じクラスにいるのに、「知らない人」とは!!
開いた口がふさがらなかった。彼女たちにとって、
「知っている人」とは「身近で気の合う人」だけを指すの
だろうか。ということは、同じクラスにいても「知らない人」
だらけ、ということになる。ただごとではないぞ、と恐ろしく
なった。

私たちの時代だったら、たとえ普段口をほとんどきかなく
ても、先生に頼まれたことだったらきちんと伝えていた。
それが「クラスメイト」という関係だと思っていた。

これが行き過ぎると、「公然の無視」などにエスカレート
する。今まででいちばんかわいそうだったと感じたのは、
ある学校で「誰もグループに入れないので、修学旅行に
行けない生徒」が出たこと。後でその話を聞き、そのような
行為を放置して「公認」した担任にも、そして、しらっとして
日常を送っている他の同級生たちにも同じくらい腹が立った。

生徒の自主性を重んじ、気の合う子同士でグループを
組むのが原則、ということだったそうなのだが、人を
仲間はずれにする自由などないはずである。でも、
一度こんなことを認めてしまえば、このカン違いを立脚点に
して「気の合わない人なら仲間はずれにしても良い」と、
思春期の子どもたちが思ってしまう可能性さえある。
これも、その後社会に出て、大きな問題を引き起こす
危険もはらんでいる。

この時仲間外れにされてしまった子は、非常にまじめで
独立心が強く、自力で努力できる素地を持っていたと
いう。そんな子さえも、「気の合う仲間と、常に一緒に
いないと過ごせない」他の子たちから見れば、目障りな
存在となってしまうのか。そして、単に目障りだけでは
なくて、「絶対仲間に入れてあげない」となるのだろうか。

わが子がこういう目にあわぬ、あるいは、こういうことを
しないためには、どうすべきなのだろうか。まず、「担当
教員の対応は、学校の全教員で一貫していることなのか」を
確認すべきだろう。この場合、「どんな教員でも、仲間
はずれが出たら放置するのか」と確認する。

万が一そうなら、その学校には問題あり、ということに
なるだろうし、そうでない、ということになれば、教員に
再考してほしい、ということになるだろう。

また、学校だけでなくて、家庭も含めた社会全体で、
「世の中には自分と価値観の違う、多くの人がいる」
ことを理解させていくことが必要ではないのだろうか。
そうでなければ、「自分以外は否定してもいい」という
ことにつながりかねない。これが、ひいては他人への
無関心を生み、思いやりをなくし、それゆえの犯罪の
増加を生んでいると私は考えている。

いちばん手軽なのは、大手新聞社の投書欄や論壇を、
親子や学校などで読むこと。これらには、同じ話題を
全く異なる立場から論じた文章が載ることがある。
その文章の背景にあるものを想像できるようになれば、
「自分以外は否定」ということにはならないだろう。

そして、これは異論もあるのかもしれないが、女子校
出身者の中には、「同じ価値観の人といつも群れて
いたがる」タイプの人がいる、と感じる。「人がいる」
なので、無論、全てではない。

きっとそういう人は、楽しかった女子校時代のまま
ずっと成長して、大人になっても同じ匂いのする仲間を
見つけて過ごしているのだろう。職場でもプライベート
でも気の合う人とべったり。オンとオフのメリハリが
つかなくなり、職場でクレームがきたのを目の当たりに
したこともある。

職場だけではなく、学会に、大多数の研究者はひとりで
来て、会場で会った知人と話をしているのに、「わざわざ」
待ち合わせをして一緒に来て、ずっと一緒にいる、という
女性たちも見たことがある。こんな人はそういないので、
不気味に浮き上がって見える。

仲間は確かに大切だろう。でも、「ひとりで何かできる」
力がないと、仕事などではチャンスは巡ってはこない
のではないだろうか。友達同士に、同等のチャンスが
巡ってくる、という機会などまずないのだから。

誰かと群れないといられない、ということは大変もったい
ない。自分だけがつかめるチャンスを、みすみす逃して
しまうかもしれないのだから。

どんな学校を選んでも、幸せな未来をつかみとれるか
どうかは結局、自分次第。それは、他人を認め、尊重
できるところから生まれるのではないだろうか。

「AERA」は、各地の図書館などで読めることが多い。
まだバックナンバーも買える。気になった方はぜひ
お目通しを。

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コメント

僕にも娘が二人います。中3と中一です。我々夫婦は長女が6歳の時に離婚してしまったので、不憫な思いをさせてしまったと今でも責任を感じています。とにかく成長の過程を見ることができなかったのが残念。そんな子供たちですが、長女が高校受験に挑みました。彼女は病気を持って生まれてきました。幸い生死に関わる病気ではないのですが、幼少の頃から入院、手術を何度も受けています。我々親にもわからない体験を重ねた彼女は、看護士になることを中一の時に決めていたらしい。現在の住まいは四国の田舎なので、看護科のある高校は県内に一校しかなく、しかも定員は30人。15人枠の推薦で落ち、つい先日、残り15人枠の一般入試があり合格しました。倍率は2倍だったそうです。成績はよかったので、もっといい高校に行くことも可能だったようですが、本人はリスクを冒してまでその高校を受けることにこだわったそうです。思えば小さい頃から頭がよかったなあと反芻しながら、我が子ながらひたすら関心するばかり。そんな娘が生きている現代の環境はどうなんだ!といつも考えています。蛇足ながら次女の話。成績はいまいちでジャニーズ狂い。それはそれで次女らしくてかわいい。元夫婦の最近の話題はこの次女。東京の高校に行く!と言いかねない。そんな彼女の僕へのオーダーは、カッツン?のコンサートに招待しろということらしい。ジャニーズらしいが、父は野村家の長男カツノリしか知らない。

投稿: イッチー | 2005/03/19 14:10

お二人のお嬢さんですか。
目の前で成長を見られないのは
おつらいことも多々あると拝察します。

それぞれに個性あふれるお嬢さんですね。
上のお嬢さんはきっと患者の悩みに
寄り添える看護師になれるのではない
でしょうか。

下のお嬢さんも、まだ中1なら、
これからぐっと大人びてくるかも
しれません。

なにせ(中・高一貫校では特に感じ
ますが)、高3と比べると、中1は
「赤ちゃん」なのですから。

投稿: つきのみどり | 2005/03/19 16:34

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