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2005/03/08

多くの人のまなざし -教育で必要なもの-

この数年、公立校のカリキュラム「3割削減」もあって、
首都圏を中心に私立校ブームになっている。

ひと昔前は、教育熱心な家庭の子が行く、という感じ
だったが、今は地域によっては「受けるのが当たり前」と
いう感さえある。

こんな状況だから、親自身は私立中学・高校に通った
ことはないが、子どもはとりあえず行かせようか、という
人も数多く参戦している。また、一方で、私立校をかつて
卒業した親は、自身の卒業した学校なら、昔と同じ
イメージで、とりあえず安心、という人もいる。

こういった「とりあえず」組の中には、子どもを通わせて
から「こんなはずでは」と、愕然とするケースも少なく
ないようだ。

基本的に今の私立校は、少子化で、生き残りに必死に
なっている。学校のイメージアップ作戦にあの手この手で
励んでいるのが当たり前。

だから、各学校は「生徒の質の維持」というのにかなり
神経を尖らせている。学校にとって、生徒のあらゆる面での
良い質を保つことが、イメージアップに直結しているからに
他ならない。

それは、もちろん、「合格実績」という具体的数値でもあるし、
部活動での活躍でもあるし、登下校時のマナー、学校での
振る舞いなどでもある。生徒の行動全て、と言っても言い過ぎ
ではないだろう。

親の母校といえども、今は全く別の学校のようにイメージ
チェンジに成功したり、また、イメージチェンジを試みている
学校が多い。昔はのんびりしていた学校でも、今はそんな
ことはない、というのが当たり前。古くからの伝統校も、
伝統校の歴史や重みを生かしつつ、進学のための勉強に
力を入れている。だから、たとえ親の母校であっても、今の
教育状況の綿密なリサーチが欠かせない。

そして、各校とも、学校の「今の」教育方針に従って、生徒を
あたたかく、時には厳しく指導する。まず本人に注意をして、
それでも改善されなければ、保護者が学校に呼ばれる。

「子どもが問題を起こして、改善できないと、すぐに保護者が
学校に呼ばれる」というのが私立校の教育の大きなポイント
だと私は思っている。「お宅のお子さんは、こういった点で、
我が校の教育方針にそぐわない行動をしています。だから
改善して下さい」ということである。

親が呼ばれる、と言うのは、子どもが何回も注意されても
一向に改めないか、または、一度でも重大な校則違反や、
校内で盗み・カンニングなどの重大な事件をしでかしたか、
ということが一般的。

何回も注意される、と言うのは、「何人もの教員から同様の
クレームが上がってくる」という場合もある。つまり、複数の
教員がその子に同じような印象を持ち、そのまま放置
すれば、クラスや本人の将来に悪影響を与えるから、と
いうことになる。

こういった時の、保護者の対応が特異だと、その話はあっと
いう間に同僚に広まる。「あの生徒は親もひどいから、対応に
気をつけて」ということになる。

その、特異な親の言葉も、お決まりの、「うちの子はそんな
ことはしません!」、「悪いのはうちの子だけではありません!!」
などの言葉に始まり、「よその子はよその子、うちの子の
テストの点数が良ければ、他人に迷惑をかけても構わない
でしょう」など、他人との協調性に全く欠ける言葉が出てくる
ことさえある。

今は「生徒の質の維持」が基本方針だから、あまりにも
保護者が一般常識とかけ離れたことを言ったり、子どもが
入学早々校内で他の生徒の持ち物を盗んだ、とか、授業
態度がとてつもなく悪くて、改善の見込みがないと判断
されると、せっかく入学した私立中学や高校でも、ゴールデン
ウィーク明けに退学、という話が決して珍しくない。夏休み
前の退学なら、ありふれた話になっている。

もちろん、入学時に納めた入学金や施設維持費などは
一銭も返ってこない。たった数ヶ月でそのお金は水の泡と
消えてしまう。

親にとって、わが子はかけがえのない、愛おしい存在
だろう。でも、だからと言って悪いことをしない、というわけ
ではない。どんな子どもでも、大なり小なりのいたずらや
悪さをしてきて育つ。大事なのは、その時に「こういうことは
してはならない」と、周りの大人が、厳しく、かつ、愛情を
持って叱ることではないのだろうか。

ところが、これもまた少子化で、たったひとりのわが子が
かわいいあまり、ろくに叱らないまま育てる親も確実に
存在している。こういう親に育てられた子どもは、「自分が
絶対」、「自分が正しい」と思っているから、学校など
家庭外でトラブルを起こすのは当たり前だし、時には
「思い通りにしたいから」と、犯罪にまで手を染めてしまう。

また、高校までは何も問題がなくても、大学では本人の
努力や自覚が足りないと、簡単に授業の単位を落とされて
しまう。もちろん落とされるからには、相当の理由、「勉強
していなかった」、「態度が悪すぎた」などのことがある。

でも、子どもは自分の落ち度は親には言わず、「単位を
落とされた」ことだけ親に言うから、親は「○○教授のせいで
うちの子が進級できなくなった、どうしてくれる!!」と、大学に
怒鳴り込んでくることにもなる。やれやれ、こんなみっとも
ない話はない。

こういう、独善的な子育てを防ぐにはどうしたら良いの
だろうか。私なりに思うのは、「多くの人の視点」を取り
入れる、これに勝るものはない、ということだ。

保育園や幼稚園、学校の教員、スイミング・サッカーや
ピアノの習い事の師…。あたたかな、でも鋭いまなざしで、
多くの子どもを見守っている人の意見は、的確なはずである。
また、的確でなければ、良い指導者とは言えないだろう。
複数の指導者が子どもに関して同じようなことを言うので
あれば、その意見には謙虚に耳を傾けるべきではないの
だろうか。

私自身の記憶をたどっても、幼稚園の連絡帳での、先生の
母宛のコメント(成長してから見た、)中学3年、卒業時の
通知表の担任の先生のひとこと…。非常に鋭く私のことを
見抜かれていた。子どもを見守っている複数の大人が言う
ことは、子どもの真実を言い当てている。それは、親でも
気づかないものもあるのかもしれない。

(もちろん、問題がある教員もいるから、子どもの日ごろの
様子と比べて、あまりにも指摘がおかしいと思った場合
には、遠慮なく学校に問い合わせてみた方がいい。ただ、
今は、親が厳格だと、家でいい子にしていて、その反動
から、学校で暴れ回る子もいる。)

こういった多くの大人の視点によって、子どもはよりよく
成長していく。このことに気づかないでいる親が、最終的
には、子どもを社会に適応できない大人に育ててしまったり、
犯罪に走る大人にしたり、と、悲しい結果を招いてしまうの
ではないだろうか。

子どもは過ちを犯したり、間違いをするのは当たり前。大事
なのは、その過ちを放置しないことであり、大人があたたかな
まなざしで、かつ、厳しく「二度としてはならない」と言うこと
である。

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