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2005/03/09

計算できない集金人くん

昨年春から、新聞集金人で、若い男性が
来るようになった。

都会では、新聞配達・集金は、新聞奨学生がやって
いるのが大半。彼らは大学や専門学校に通いながら、
朝・夕に新聞配達、そして集金と、頑張って汗水たらして
働いている。真夏の炎天下や、真冬のいてつく寒さの
中で働く姿を見ていると、「故郷の親御さんにこの姿を
見せてあげたい」と感じる。

我が家に来る集金くんも、きっとそういう学生さんなの
だろう。それまでは年配の男性が来ていたが、集金も
学生さんがやるようになったのかもしれない。あたたかく
見守る気持ちで応対しよう、とインターホンのカメラ越しに
見える顔を見て、思った。

しかし。
お金を払う段になって、その気持ちが早くもぐらつく
ことになった。我が家は新聞と併せて雑誌を定期
購読しているので、毎月の支払いが「5,365円」、と
いうのが標準。そこで、私が「10,405円」払ったのだが、
彼はまず「4,000円」返すではないか!!

「あら、今、私、10,405円払ったのよ」と言うと、彼は
慌てて「あ、そうか」とつぶやいて、電卓を出し、金額を
確認。そこでもう1,000円を私に差し出し、続いて、
小銭のお釣りをくれた。

まだ慣れていないからかな、それとも…。
翌月の様子を見よう、と決めた。

そして、翌月。更に、その翌月も。集金には同じ彼が
やってきて、同じように金額を間違えそうになった。
その度に、私が「今○○円払ったのだから、□□円が
お釣りなのでは?」と繰り返し、彼が「あ、そうか」と言い
ながら電卓を出し、計算をして確かめてから、正しい
お釣りを差し出した。

結局、彼が金額を間違えるのは毎回の恒例行事になって
しまった。とにかく、集金の時に、彼の暗算が合っていた
ことがただの一度もなかったのだ。暗算での間違いを
指摘されてから、彼はやおら電卓を出し、確かめていた。
そんなに間違えるのなら、最初から電卓を出せばどうか、と
思うのだが、そこまでの知恵も回らないのかもしれない。

毎回の集金は私にとっても、「今日は合ってるかな」と思う
より、「今日はどういう間違いをするのかな」と、テストに
立ち会っている気持ちにさせられた。

最初は、学力の弱い子を見ているのと同じ心境で、彼が
経験を重ねて成長できるのか、じっくり待とうか、という
気持ちでいたのだが、次第に、どうもそれは期待できない
のか、という心境に変化していった。

先月末の集金の際など、「5,365円」に対して「5,405円」
払った私に、なんと、彼は「50円」のお釣りをよこすでは
ないか!一体どうするとこんな計算ができるのだろうか。
さすがにこれには私もあせり、「え、40円でいいんじゃないの」と
言うと、彼は「あ、すいません」と言って、「いけない、また
間違えた」とひとり言をつぶやいてから、私に40円を差し
出したのだった。

彼の行動を見ていて感じたのは、「渡した金額を一瞬で
忘れてしまうのではないか」ということ。最初の時など、
私が1万円と小銭を渡しているのにも関わらず、彼の
頭の中では、1万円札をもらった瞬間、小銭を受け取った
ことがふっ飛んで、4000円のお釣りを差し出したの
だろうか、と考えた。また、私は専門家ではないが、
もしかしたら彼は学習障害の要素があるのかとも感じた。
それならそれで、特別のケアが必要だろう。

そして、「数学ができない」どころではなく、「算数が
できない」人が、東京の、大学なり専門学校なりで
勉強をしている。これはただごとではない、と私は
恐ろしくなった。

こういう人がまもなく社会に出て、日本を支えて行くの
である。こんな人に日本は今後支えられていって、
発展など望めるのだろうか。

最近、「学力低下」と同時に、「学力の二極化」も進んでいると
言われている。私も現場に出てまだ10年たたないが、この
ことは身を持って実感している。学習指導要領が削減され、
「少ない知識量で良い」まま、進級できるようになった。
だから、以前より学力が低いレベルの子どもが増えている。

でも、一方で、分厚い本を読む子、知識の探究心のある子も
存在している。だから、「学力の中間層が抜けて、上と下に
分かれている」ということになる。

大学生と話をしても、授業はもちろん、ボランティアやNPO
法人での活動などに取り組んだり、就職に向けて早くから
努力したり、と、積極性のある子がいる一方で、「こんなに
意欲がなくて、知識もなかったら、フリーターになるのが
せいぜいで、それを4年間先送りしているだけだな」という
子もいる。

また、成績がふるわなくても、将来の目標をしっかり定めて
専門学校に行く子がいる一方で、あまりにも成績が悪すぎて、
とても受験ができる基礎知識もないのに、昔と同じで、「大学に
行けばなんとかなる」と思っている子ども、そして親も数多く
いる。そんな子は、大学に行っても(大学では似たような
レベルの人が集まるから)、結局周りに流されるだけで、
まず良い結果を招かない。はっきり言えば、「大学にとっての
カモ」で、高い学費を払ってくれるお得意様でしかない。

日本社会の、昔のような「いい大学を出れば幸せになれる」と
いうシステムが瓦解してしまい、変質していることに気づいて
いない多くの親子が、数多くのフリーターとなり、そして、
成人しても面倒を見てやる親となっている。親が元気なうちは
良いのだが、数十年後、親に何かあれば、彼らは低所得で
社会的にも不安定なまま、社会に放り出されることになるだろう。
生活保護を受ける者も激増するかもしれない。

だから、「知識も意欲もない子が、親に言われるまま大学に行く」
ことに、私は強い危機意識を持っている(これは、昨年2/28の
メルマガVol.009でも書いたので、ご覧いただけたらありがたい)。

先日から新聞代の支払いは、クレジットカードでもできる、と
いうことになったので、カード払いに切り替えることにした。
だから、我が家では彼の間違いに付き合う必要はなくなった。

でも、今のままでは彼は間違いをし続け、そのまま社会に出る
ことになるのだろう。こういう人に、今後、基礎的な学力を
改めて身につけさせる機会があるのだろうか。こんな子でも
大学や専門学校に行けるのだから、基礎的な学力のない
若者は日本中に蔓延しているのかもしれない、と思うと、
背筋が寒くなる。

そういう子に、将来、計算や漢字などを鍛える塾をビジネスと
して始めたら、成功するのだろうか、などともふとひらめいた。
ただ、子どもの時に訓練されていないので、教える方も教わる
方も大変な労力が要るのだろうけれど。

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コメント

こんにちは。はじめてコメントを書きます。計算できない集金人。学習能力についてはわからないけど、生きる力とはなんだろう?と思う。親、環境、教育、本人の素養など、さまざまな要素が絡み合って人生を決まっていく。僕たちは学ぶことが将来なんの役に立つのかわからないまま勉強していた。社会人になってわかった。もっと勉強していればよかったとすら思う。後の祭りです。でも意欲があれば社会人になっても勉強はできる。
人間をつき動かすものは欲。Be a hero!なんて気持ちを持てるか?持たせることができるか?どうですか?

投稿: イッチー | 2005/03/09 11:09

はじめまして。

中学生の子ども(2人)のハハです。
お話しを読んでいる途中で「LD?」と
思ってしまいました。計算できないのは
いいんです。私も暗算苦手ですから。
そういう時にはすぐに電卓に頼ってます。
できないなりの対応って、ありますよね。
うちは下の子が養護学校へ行ってますんで、
できないこと、多いですが、そこは文明の利器を
駆使すれば、なんとか生活するには困らない
ようになりつつあります。

学校は確かに勉強をする場所です。ですが、
もちょっと社会的なことも身につけるように
指導しないんでしょうか? 下の子は養護学校に
通っていますが、全ての勉強が「社会に出て
困らないようにする為」の必須事項ばかり。
はっきり言えば小学生クラスかもしれません。
ところが小学校へ行くと、それすらもできて
いない子どもに遭遇することがあります。
これは、私のひいき目かもしれませんが。

投稿: RINRIN | 2005/03/09 22:39

イッチーさん、コメントありがとう
ございます。

「人をつき動かすものは欲。Be a hero!」
確かにその通りだと思います。
でも、こちらが手を変え品を変え
お膳立てしても、そういうやる気の
全く生まれない子が少なからず
いるのです。

何に起因するのか、そういう子と
接しているといつも悩みます。
結局、子どもの頃から家庭その他で
「やる気を伸ばす」、「好奇心を
大事にする」という教育をして
いないからなんだろうか、と
考えるのですが、そういう習慣の
中で生きてきた子の考えを変えるのは
本当に大変です。ある種親ぐるみで
変えてもらわないといけないわけ
ですし…。

また何かありましたらコメント
お願いします。

投稿: つきのみどり | 2005/03/09 23:26

RINRINさん、はじめまして、
コメントありがとうございます。

私も、集金人くんはLDなんだろうか、
という思いを抱きつつ接していました。
(ただ、断定してしまうには
接する時間が少なすぎましたので、
書くことは差し控えました)

去年の私の4/25のメルマガでも
触れているのですが、こういった
子どもに対する対応は学校ごとに
差があり、全くと言っていいほど
対応していないケースも珍しく
ありません。まして、既に
義務教育を卒業してしまった人への
ケアは、日本では遅れています。
こういったケアももっとできる
ようになると良いのですが。

また、7/25のメルマガで
書いたことがあるのですが、
今の公立小学校は担任や校長の
考えひとつで大きく教育方針が
異なってくるようです。だから、
「社会に出て困らないための
こと」を身につけさせようと
している学校もあれば、
家庭に教育力がなくても目を
つぶり、「そういうことは
ご家庭で」と言って逃げてしまう
学校もあるのではないでしょうか。

ただ、明らかに逃げている、と
感じた場合は、はっきり声を
あげて、改善してもらうように
大人たちが努力するのが、
今の世の中で必要なのでは
ないかと私は考えています。

また何かありましたら、お立ち寄り
下さいね。

投稿: つきのみどり | 2005/03/09 23:52

学校にできること、もしくは教師にできることは限られていると思います。一応僕も人の親。バツ1ですが。子供の成長に最も責任を負わなければいけないのは親です。環境のせい、教育のせいにするのは筋違い。無責任な親を見ると腹が立ちます。放任と自由の履き違えも目に余る。平日の夜中に子供連れでファミレスにいるなんて信じられない。寝かせろ!と言いたくなる。つきのみどりさんの話とずれちゃった。

投稿: イッチー | 2005/03/10 11:47

素人考えですが、
情報の共有化が非常に大事な気がします。

これは無知ゆえの質問ですが、
あらゆる教育機関はきちんと
横の連携が取れているのですか?

そして、そこで取り決められたことは、
どのような形で、
世の親たちに
情報提供されているのですか?

すみません。
非常に勉強不足で恐縮です。
教えてください。
 

投稿: みやっ | 2005/03/10 14:28

イッチーさん、またありがとうございます。
「自由と放任のはき違え」は、日本中で
蔓延していると私は感じるのです。

それが行き過ぎると、日本全体に
悪影響を及ぼすと思います。それを
どうしたら食い止められるのか、と
思うこともあります。

なお、前回も同じでしたが、送信
ボタンをクリックする時、2回して
おいでではありませんか?確認後
削除しましたが、気をつけて
いただけるとありがたいです。
よろしくお願いします。
m(__)m

投稿: つきのみどり | 2005/03/10 17:55

みやっさん、こんにちは、
コメントありがとうございます。

情報の共有化、今後は非常に
重要課題だと私も考えています。

教育機関の横の連携ですが、
公立の小学校~高校までは、
各市町村、または都道府県の
教育委員会の管轄にあるので、
連絡事項があればすぐ行くと
思います。

ですが、私立はてんでんばらばら。
部活動や私立の学校の団体などでの
つながりはあるのですが、それこそ
学習障害など新しい領域の話に
ついては、各校、各自の判断に
負かされているので、認識のない教員も
うようよしています(4/25の
メルマガをご参照願います)。

また、ある私立校をクビになった
者が、翌年、別の私立校で働いて
同じ不始末をする、というのも
実際にある話です。

学習障害とは異なりますが、
「ディベート」を「リベート」と
言って堂々としている教員も
見たことがあります。新しい
情報が届いていないのです。

個人的には、情報の共有化を
できる機関を作り、公・私立
共に利用できるようにすれば
良いのだろうか、などとも
考えたりしています。

疑問など、またありましたら
お聞かせ下さい。

投稿: つきのみどり | 2005/03/10 18:15

はじめまして。佐助といいます。
「計算できない集金人くんについて」について、主題からちょっとそれるコメントになりますが、5,365円の請求に、10,405円を支払うことが、ぼくにはちょっとわからないのです。5円が腐るほど貯まってしまって、なんとか整理したいとか(でもそれなら65円を5円玉で払うしょうから、見当外れですね)?集金人の暗算能力は確かに高くないのでしょうが、10,365円を差し出すとか、5,565円にするとか。いっそのこと支払いが一瞬で片付いてしまう、5,365円を用意しておくとか。
たとえば、115,365円の請求に、120,405円を差し出すだろうか?やっぱりちょっとわからないんです。教えてください。

投稿: 佐助 | 2005/03/13 00:07

佐助さん、はじめまして。
コメントありがとうございます。

>5,365円の請求に、10,405円を支払う

この時の事情をもう少し話せば、いつもは
新聞代として「5,000円+小銭」を用意して
あるのです。

雑誌が年末年始や連休などで定価が変わる
ことがあるので、金額は毎月全く同じでは
ありません。

その時はたまたま5,000札が手元になく、
身近にもありませんでした。で、更に
10円玉もあまりなく、よく見ると、
100円玉4枚と5円玉はあったのです。

それなら、「私が10000円札だけを出して、
お釣りが細かく、ややこしくなるくらいなら、5000円札と40円の硬貨のお釣りをもらう方が
良い」、と暗算して渡した額だったのです。

手元にもちろん365円があれば、10,365円
差し出していました。

ご納得いただけましたでしょうか。

投稿: つきのみどり | 2005/03/13 01:36

つきのみどりさま、さっそくありがとうございました。事情、よくわかりました。
次回は、ぜひ5,500円か6,000円を差し出してもらえませんでしょうか?それで、もし間違えるか、まごつく様子なら、こんな本を読んでみるといいよって紹介してほしいのです。
▼青春出版社PlayBooksシリーズ
『七田式 頭が鋭くなる大人の計算ドリル』
※計算が強い人はさらにブラッシュアップでき、弱い人は、支払いで損しない程度にレベルアップできる本です。

投稿: 佐助 | 2005/03/13 12:47

佐助さん、本の紹介ありがとう
ございます。

でも、blog本文に書いた通り、
次回からはカード払いにしたので、
我が家には集金人くんは来なく
なります。他の家に来たところに
偶然会って、話すことはあるのかも
しれませんが。

また何かありましたらお寄り
下さいね。

投稿: つきのみどり | 2005/03/14 00:09

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