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2005/05/12

映画「タカダワタル的」 弱きものへの眼差し

blog050512


吉祥寺・バウスシアターで上映中の
タカダワタル的」を見に行った。

この映画は結果的に「追悼上映会」に
なってしまったが、高田渡さんのお元気なうちに行くことに
決めていた。

まさかこんなことになるとは思っても見なかったのだけれど、
人の命の儚さ、この世は無常であるということを、改めて
目の前に突きつけられた。

館内は「フォーク世代」、そして20代の若い人の姿も多い。
追悼、ということもあるし、やはり吉祥寺、学生の街、と
いうこともあるのだろうか。まだ明るい館内には、高田さんの
歌が次々流される。

吉祥寺に住んでいた高田さんの日常や、ライブでの様子を
丁寧に映像は追っていく。下北沢・ザ・スズナリで、京都・拾得で、
大阪・春一番コンサートで、そして吉祥寺音楽祭で…
初めて見聞きする歌もある。ライブのように見入っていた
私は、曲の終わりでスクリーンの中の観客と共に拍手
しそうになり、(あ、映画だったっけ)と我に返る。

また、その飄々としたお姿に、思わず先日、J-WAVE
追悼番組佐野史郎さんが言われていた、「まだ
亡くなったという実感がわかない」ということも、どこか
納得できてしまう。

でも。
「生活の柄」を歌うシーンになった時、私の脳裏に
よぎったのは、先月の「猫」のライブでの追悼演奏。
(4/16付blog参照。「音楽」カテゴリー内)
あの時泣いていらしたおけいさん(四角佳子さん)を
思い出し、(あぁ、やっぱりこの方はもういないのだ…)と
いう実感が胸いっぱいになり、私の目からも涙があふれ
出る。

生前に1度もライブを見ていない私が書くのは非常に
僭越だが、映画を見ていて感じたのは、高田さんは
「弱きものの立場で、同じ弱きものをあたたかく見守り、
強きものへ挑む」立場を貫いていたのだろう、ということ。
「値上げ」という歌なんて、為政者が言葉をたくみに
すり替えていく様子をシニカルに描いていた。これは
高田さんの詞ではないようだが、果たして他にこんな
ことを歌える人はいるのだろうか。

お馴染みだった吉祥寺の「いせや」での映像でも、
「他の人を見たり、話を聞くのが好き」だとご本人が
言われていた。ご自分のペースで飲みつつ、市井の
人の話を拾っているのが何よりも好きだったのでは
ないだろうか。

こうして考えると、15アンペアのアパートで暮らして
いた高田さんが、なんとも偉大に見えてくる。
富家(ふか)の開く「チャリティーパーティ」などの話も
よく聞くが、失礼ながらそういった方々の中の
どれほどが、市井の庶民の暮らしを見たり、また、
ボランティアなどで接することがあるのだろうか、と
考える。チャリティーパーティでの寄付金集めも
大事だけれども、小市民として同じ目線からの
メッセージを発信し続けること、これに勝るものは
ないのではなかろうか。そういった意味で、
高田さんはまさに「フォークソング」(民衆の歌)の
語り部として、神様に選ばれた人だったのかも
しれない。

高田さんの「ブラザー軒」という歌を聞いていて、
先月、ライブの際に及川恒平さんが言われていた、
「あの歌は、山田太一氏の『異人たちとの夏』の
世界と同じ」だということが、身をもってわかる。
自分には、亡くなった家族が見える、という話。

私のような者には無理だろうが、深い親交の
あった方、熱心なファンだった方は、「いせや」に
一歩足を踏み入れれば、高田さんがいつもの席で
飲んでいるのが見えるのではないだろうか。映画の
帰り道、既にシャッターの下りた「いせや」の前に
佇み、そんなことを感じた。

高田渡さんという、「真のフォークソングの語り部」、
私は一生忘れない。高田さんの真似などできる
わけもないが、「弱きもののひとりとして、強きものに
挑む」魂だけは絶対に持ち続けたい。

高田さん、天国でどうぞゆったりと私たちを
いつまでも見守っていてほしい。

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2005.4.11           60年代後半から日本でも始まったフォークブームは  同時に数多くのスターをも生み出した。   それでもこの人を越えられる人はいないと思う。 この人にスターという言葉は似合わないのだろうが,  それでも僕はあえてそう言いたい。   この人は星なんだって。 昨年,ちょうど1年ほど前,高田渡の映画 タカダワタル的 の  初日をテアトル新宿に観にいった。   彼のドキ... [続きを読む]

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