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2005/05/08

仲良し母娘の落ちる穴

この数年、大手デパートの「母の日」商戦は、「仲良し
母娘」にスポットを当てたものが目立つ。

「お母さん、いつまでも元気で仲良くいようね」と、
母娘、それぞれの年齢のモデルが仲良くお料理を
する写真、旅行に出かける写真、レストランで
舌鼓を打つ写真…。また、品物を買うと、後日
抽選で母娘一緒のエステやランチの招待券が
当たる、という試みもある。

私自身は「これは母にも似合いそう」、「これは
いらないかな」などと思いつつページをめくるが、
娘さんのいない方にとっては腹立たしいだけの
広告ではないのか、などとふと思ったりもする。

仲良し母娘、結構なのだが、勤務先で生徒を
見ていても気になることがある。それは、「艱難
辛苦を共に乗り越えて来た上での仲良し、なら
ともかく、単に母親が子どもに嫌われたくなくて
甘い、というのなら問題アリ」ということ。

私自身のことを言えば、母と誕生日が近い。
だから、たいていの占いを見ても母と私は同じ。
高校・大学生の頃から今まで、私がひとりで
買ってきた洋服や小物などを見ても、母は「いい
わね」と言った記憶しかない。一緒にウィンドー
ショッピングをしても、私がいいな、と思うものを
母が罵倒したこともただの一度もない。
(趣味の合わない母娘なら、きっとこうはいかない
だろう。「ケンカするので決して一緒に買い物には
行かない」という話も耳にする)

だから、母としては娘の考えが手に取るように
わかる、ということでもあったのだろう。過去を
振り返れば、成長期の私はそんな母の存在が
うっとうしいと思ったことも数多くあったし、母から
見れば、自身の青春時代よりもはるかに自我の
強かったらしい私は、考えていることが見える
けれども、手に負えない部分の多い子どもだった
のかもしれない。

こういった葛藤を乗り越えてきて、今の母と私が
ある。その間にあるのは、同性として、親子としての絆。
母にとっても娘は私だけだから、他の誰にも
抱かない感情を持っているのではないだろうか。

勤務先で、生徒たちに「お母さんのことをなんて
呼ぶの」と聞いてみると、「お母さん」、「ママ」と
いうのから、「○○ちゃん」と、母親の名前を
友だちのように呼んでいるケースまである。

思春期の男の子は、面と向かって小さい時の
ように「ママ」と呼べるはずもなく、かといって
「お袋」とまで大人びる度胸もないからか、
口ごもってしまうのが妙におかしかったりする。

それにしても、友だちのように呼ばせている
母親は、いったいどういう心理なのだろうか。
友達同士のような関係だったら、子どもが
あやまちをしでかしても、注意することも
できないだろうに。

これだけが原因ではないかもしれないが、
子どもが不登校など何か悩みを抱えると、
一緒になってうろたえたり、いつまでもわが
子を幼い存在のように扱ってしまって、結局解決
できないケースが多い気がする。また、子どもが
問題を起こした時など、近すぎて客観的視点に
立てず、「うちの子が悪いことをするわけない」と、
怒鳴り込んでくる親もいる。

私は、こういったことは恐らく「親子仲良し、
ベッタリで、親がろくに注意しない」ことから起きて
いるのではないかと考えている。

また、最近ずっと気になっていたのが、人気若手
女子プロゴルファーの話し方。父親がキャディーに
なっている彼女、ずっとインタビューなど公の場で
「お父さん」と父親のことを呼んでいた。小学生や
中学生ならともかく、両親は注意しないのか、
周りは何も言わないのか、と気になっていたところ、
周囲の指摘を受けて「父」と呼び方を変えたという
記事を目にしたので、ちょっと安心。

親からすればいつまでもかわいいわが子だから、
「お父さん」と呼ぶのが当然かもしれないが、
年齢と立場を考えれば、ふさわしくない場面と
いうのが当然出てくる。あまりに親子が近すぎる
場合、そのようなことにさえも気付かないの
だろうか。

逆に、いくつになっても「○○はねぇ」と、自分の
名前を人前で一人称のように使う子どもも現れて
いる。それも、「時と場合によって使い分けねば
ならない」ことを、成長したら親はじめ周囲の
大人が指摘していくべきではないのだろうか。

僭越な言い方かもしれないが、子どものことを
一番身近で的確に見守るのが親の役目では
ないだろうか。子どもは時に、小さなあやまちも
するし、迷うこともある。そんなあやまちを大きな
ものにしないように適切にアドバイスをして、一緒に
乗り越えていってほしい。

もちろん、親でさえどうしていいかわからない場面
だってたくさんあるだろう。そういう時には教員だけ
ではなく、カウンセラー、心理療法士、心療内科…。
遠慮なくプロのドアを叩いてほしい。今はそういった
救いの手がたくさんあるのだから、どうか自分たち
だけで悩まないでほしい。

今日は母の日。贈り物をできること、つまり母が
元気だということに感謝しつつ、世の「友だち母娘」に
向けて、メッセージを送りたい。

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コメント

カウンセラーは、確かに 必要としている人も多く、それで救われる人も多々あると思います。でも、大学の教科書で習うカウンセリングに対して、私は懐疑的なんです。また、私自身、大学で、児童心理学も学びましたが、実際の子育てには ほとんど役に立たなかったというのが実感です。プロのかたに向かって、申し訳ありません。

投稿: ゆみ | 2005/05/20 17:52

ゆみさん、はじめまして。また、
blogも拝見しました。ベテラン
お母様としてのコメントを
どうもありがとうございます。
そして、ご子息のお誕生日、
おめでとうございます。

>大学の教科書で習うカウンセリングに
>対して、私は懐疑的なんです。

おっしゃること、よくわかります。教員だって
大学で習ったことが現場で全て役立つ、とは
限りません。

でも、こういったことに対しても、私は
もっと声を挙げていき、日本の教育を
改革していけたら、と思っているのです。

また、現場で今、カウンセラーさんを見て
いると、子どもの気持ちに懸命に寄り添うよう
努めている方もいます。今はカウンセラー
さんも大学院修了が基本なので、専門性が
高い方が増えているのではないでしょうか。
(ただ、中には「えっ?!」という方もいます。
これは教員も同じですね)

このことは、私のweb連載「つきのみどりの
教育カフェテリア」でも、取り上げたいと
考えております。(右サイドバーのお気に
入りからリンクしています)

今は、学校でのありふれた出来事でも、子どもが
つまづいてしまい、「もう学校に行けない」、
「学校を辞めたい」などと大騒ぎになることが
珍しくありません。そういった時、既に
学校に対して不信感を抱いていると、学校
関係者が詳しく話を聞いてもこじれることが
多いのですが、第三者のプロの方の視点が
入ると、改善されることがあります。

今は子どもが少なく、家庭では大事に
育てられているので、つまずくと親子共に
うろたえてしまっているのです。

こういうことには、心から胸が痛みます。
だから、親子で寄り添って泣いている
だけではなくて、他の方の手を堂々と
借りてほしい、とお伝えしたくて、
今回のblogを書いた次第です。

長々失礼しました。また良かったら
おいで下さいませ。

投稿: つきのみどり | 2005/05/20 22:21

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