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2005/05/26

web連載「つきのみどりの教育カフェテリア」リニューアル

ロゼッタストーン」でのweb連載、
つきのみどりの教育カフェテリア」を、リニューアルと共に
更新した。

リニューアルして一番変わったのは、blog形式になった
こと。だから、私の連載に対して、すぐに読者のご意見を
いただけるようになっている。

そして、今回のテーマは「総合学習」問題。原則としては
週1時間、「生きるための力を養う」目的で行なわれて
いる授業。これは、本当に学校によっててんでん
ばらばらで、同じ学校の同じ学年でも、クラスが違えば
行なわれている内容が違うことも珍しくない。

また、私立校では、もともと行なわれていた「遠足」などの
行事や、宗教教育を行なっているところでは「宗教」
などの時間を「総合」に読み替えているところも多い。
つまり、公立校のように毎週「総合」の時間を設けている
ところは少ない。その分勉強している方がまし、という
ことかもしれない。

教科書や指導書がない、現在のスタイルでは、多くの
問題を生み出してしまう危険をはらんでいる。応用力や
想像力の乏しい教員からすれば、「毎年新しいアイデアを
出す」ことは苦痛以外の何ものでもない。だから、「あまり
にも内容がつまらない」ことを1年間延々とやったり、
もっとひどい場合は、「出席だけとって後は何もしない」と
いう話さえ耳にする。こういう場合、教員への激しい
恨み言が生徒から出てきて、発覚したりする。

一方、「勉強だけさせている」というのは、良いようにも
見えるが、結局は旧来型の「偏差値至上主義」や「大学
合格実績至上主義」にとらわれていることでしかない。
ホームルームなどで伝統的に生き方を考える教育を
していて、その教育がきちんと生徒に根付いているので
あれば、良いのかもしれないが、うまくこれが機能して
いなければ、「勉強して有名大学に入ってくれれば
それでいい」ということにもなりかねない。

でも、有名大学に入ってもフリーターが出る時代。
「有名大学に入ってくれれば」というのは、学校が
新しい時代の流れにあわせていない、単なる言い訳に
過ぎないのではないだろうか。

私も、知人を中心に、見聞きする範囲での「これは
良かった」、「これはひどい」という総合学習の話を地道に
集めている。でも、これでは限界があるので、どうか
全国の皆さんから「総合」の実態を教えていただきたい。

こうやって声をあげていき、「良い総合学習」、「悪い
総合学習」のケースを集めて情報交換するのが、
何よりも「総合学習」をより良くすることになるのでは
ないだろうか。

文部科学省は、「マニュアルを作ると、教員がそれに
とらわれる」から、という理由で、「総合」の良い例などを
集めている気配がない。だから、現状では、ひどい
内容の授業は永遠にそのまま、改善される可能性が
ないかもしれない。これでは絶対に日本の教育は
良くならない。そんなことがあっても良いのだろうか。

だから、私は、どうしてもこのblogや「教育カフェテリア」の
blogで、「総合学習」のモデルケース集めに取り組んで
みたい。

このコメントへの感想や、右バーのリンク、「つきのみどりの
教育カフェテリア」から、ぜひともご意見をお聞かせ
いただけたらとても嬉しい。

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