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2005/08/15

「十六夜」 よもやま話

「十六夜」(いざよい)という言葉を、初めて聞いたのは、
高校生の時。

「♪恋に落ちた人は月ですか 満ちては欠ける夢を重ねて
会いたくても会えないあなたへ いざよう月…」

このフレーズにどきっ、としたのを覚えている。河合奈保子
さんの「十六夜物語」という曲で、確か、「ハーフムーン・
セレナーデ」というシングルA面とのカップリングだった。
この「ハーフムーン…」は、彼女の作曲だったはずで、
ブラウン管のTV画面の中、ピアノの弾き語りをしながら
歌う姿を鮮明に今も覚えている。

もともとは、満月(十五夜)の翌日の月を「十六夜」と
言った。いざよう(ためらう)ように、前日よりもほんの
少しだけ遅れて出るから、この名前になったのだろう。
月の出は、一日ごとにほんのわずかずつ遅れていく。
だから、その後の月の名前は、立って月の出を待つ
から、「立待」(たちまち)、座って待つから「居(ゐ)待ち」、
寝て待つから、「寝待」(ねまち)と続いていく。

十六夜、という言葉から、古典で連想されるのは、
『十六夜日記』。鎌倉時代の阿仏尼(あぶつに)、と
いう女性の作品。でも、甘い恋愛の話などが出てくる
わけではなく、こちらは単に「十月十六日」、つまり、
「十六夜の日」に京都を出た、ということでこの
ネーミングになっている。

切ない恋の「十六夜の月」という歌なら、こんなものが
ある。
「君待つと ささでやすらふまきの戸に いかでふけぬる
十六夜の月」
(『続後撰集』恋三・805・二条院讃岐)

いとしい人が来るのを待ち、戸を閉めないでいたのに、
どうして十六夜の月の夜が更けていくのだろう、と切々と
詠んでいる。そう、だから、夜が更けて行くのをじっと
待っているのだから、いとしいあの人は来ない。月だけが
どんどん傾いて、時間が経つのを教えている、切ない夜。

月にいろいろ名前があったり、月に心情を重ねた和歌や
文学作品がある、というのは、古来日本人がそれだけ
自然現象を細やかに見つめていたことの裏返しだろう。

よく言われることだが、日本人は自然を畏怖し、共存
しようと努力してきた。西欧人が自然を人間と対立して、
征服しようとしてきたのとは正反対。

でも、最近の日本はどうなのだろうか。環境問題に
取り組んでいる人も多くいるけれど、関心のない人も
多い。今の子どもたちは学校で習うから、身近に感じる
子も多いのかもしれないけれど、大人は、自発的に
関心を持たない限り、まったく関心のないままで
過ごしてしまう人も珍しくない。

ゴミ捨て場のごみの捨て方を見ると、一目瞭然。いくら
張り紙を出しても、まったく従わず、「自己流」で出し
続ける人もいる。こういう人にはもはや罰金でも科さ
ないと、きちんと出すようにならないのでは、と思う
ことさえ珍しくない。

とうとう国も「クールビズ」を進め、「冷房は28度」と
呼びかけるようになった今、環境問題は切迫した
ところにまで来ている。今のまま何もしなければ、
東京の暑さは数十年後にはハワイ並みになる、
とも言われているし、気温の上昇によって北極・
南極の氷が解けることで、その頃には沖縄の
島々は海の中に沈んでいるのではないか、とさえ
考えると、背筋が寒くなる。

もともと、日本人には月に一日ごとに名前をつける
だけではなく、物事の根本に「一本の草木にも
霊魂が宿る」という「アニミズム」思想を持っていた。
ここには、自然の偉大な力に敬意を払い、畏怖し、
そして、共存していこう、という気持ちが見え隠れする。

環境問題は、こんな日本人にとっては難しいことでは
ないはず。自然の強い力を見つめて、共存する、
むかしむかしの人々の気持ちに寄り添ってみれば
いいのではないか、と思う。

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