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2005/09/14

強く、まっすぐな母への愛 古瀬陽子さん

「猫」の代官山でのライブで歌を聞かせてくれた、
古瀬陽子(こせ・ようこ)さん

彼女のことは常富さんのblogで読んだことがあるので、
お名前を聞いてすぐに思い出した。第一印象は、
(ずいぶん小柄、そして、きりりとした目の方だなー)
だった。

彼女は1枚のアルバムとシングルを発売している、
まだまだ駆け出しの歌い手さん。Hoochie Coochieでは、
2年前から歌い続けているという。生まれ育ちは博多、
東京に出てきてはや6年。「自分をポール・マッカートニー
だと思っている」(でも、顔はまるで武田鉄矢さんらしい)
ご尊父、占い師のご母堂」という、個性的な家庭で
育った娘さん。

初日、「3曲の約束だったけれど、4曲やってもいい
ですか」と聞く彼女。客席から拍手が起こる。
(実は、この後彼女はしこたま怒られたらしい。翌日、
「約束を守れない人は、無視されるようになるよ」と
言われた、と反省していた。だから、2日目は3曲
だけ歌って、ステージを降りた。でも、こんな風に
話せる彼女は、きっととてもまっすぐで正直な人)

シングル「夢は夢のままで」、力強く歌い上げる。
パワフルで、これくらいのライブハウスには、あり
余るほどの豊かな声量。

私が感動したのは、「ママ」。
(女の子がお母さんを思った歌かな)
と思って聞き始めたら、見事に裏切られた。

「♪僕は君を守りたい…」
(そうか!!)
ライブ中、思わず膝をぽーん、と打ちそうになる。
男の子が母親を思う歌だった。

たぶんこれは、両親がけんかをしているのを、そばで
見ている息子、というシチュエーションの歌。
「お母さんが泣いているのがつらくてたまらない、
僕が守ってあげられたらいいのに。でも、本当は、
まだ僕もお母さんに甘えたいな」という、大人の間で
揺れる心が見事に描かれていた。

この歌に出てくる男の子は、いくつくらいなのだろうか。
あどけない少年?それとも、思春期の難しい年ごろ?
聞きながら、あれこれ想像してしまう。

でも、お母さんへの思いやりの気持ち、お母さんを
大事にする気持ちが持てているから、きっと、少年
でも、内面はとてもしっかりしている、「周りの同級生
よりずっと大人びた」子なのだろう。こういう子どもは、
教員の目から見ても、とても頼もしい。

この歌を聞いていて、ふと、私は、大学時代のことを
思い出した。昔から今でも、どちらかと言えば体の
丈夫でない私の母。熱を出して寝込むことも珍しく
なかった。

その母が、風邪をこじらせて肺炎を起こしてしまった。
入院するか、とかかりつけのドクターに聞かれた母は、
(そうすると、みどりが、家と病院と学校でてんてこ
まいになる)
と判断して、
「自宅で療養できますか」
と尋ねたと言う。

幸いにも許可がおりたので、私は大学に行きつつ、
家事と母の看病をこなす毎日になった。もともと
家事能力のない、私の父はこういう場合、病院への
送迎をするくらい。家中の全てがどーん、と私に
のしかかってきた。熱で母が寝込む、という
レベルではない、私にとって初めて味わう経験
だった。

当時私は、塾でアルバイトをしていたのだけれど、
行っている余裕など、もちろんなくなった。事情を
話し、何日間か他の先生に代講を頼んだ。

私には(姉妹ではなく)きょうだいがいる。この当時は、
彼も大学生。でも、毎日のようにサークルの仲間と
飲み歩いていた。母が寝込もうがまったくお構いなし。
今までどおり、帰りの遅い毎日が続いた。

酒臭いにおいを振りまいて、深夜、彼が帰還。母の
もとへ顔を出す。母は、
「みどりがバイトもいかないで看病しているのに、なんて
冷たい子なんだろうね、毎日毎日飲み歩いてね…」
と、布団の中で、よよ、と泣き崩れる。私もそばで目を
つりあげて怒る。

でも、彼の答えは、
「つきあいだからしょうがないじゃん」
たったこれだけだった。社会人でもあるまいし、何が
いったいつきあいだって?!こんな冷淡なきょうだいを持った
という事実、また、母のはじめての大病で、私も
いたたまれず、この頃は、よく深夜、自分の部屋で涙を
こぼしていた。

この後、母は幸いにも長くかからず快復した。私のバイト
休みも数日で済み、1ヶ月ほどで元の日常に戻ったように
覚えている。

今になって思えば、きょうだいも、母を案じていたのだろう。
でも、浪人生活の後、毎日大学で楽しいことが待っていて、
きっと、授業の後は「遊んで、遊んで、遊び倒したい」気分
だったのかもしれない。

こんな彼も、その後、社会に出て、ひとり暮らしで孤軍奮闘
している友人に出会い、「お前は恵まれているじゃないか」と
言われたりするようになったらしい。私も、ことあるごとに
「お母さんを大事にしなさい!」と言い続けてきた。

私の言葉だけが効いたのではないと思うが、今では、この
時が嘘のように、ひとり暮らしのアパートから実家へ帰る
日には、お土産を持っていったりして、母を彼なりに
いたわっているようだ(彼は今、母の肺炎の時の自分の
姿を覚えているのだろうか、聞いてみたい気がする)。

ただ、私と違うのは、「母の手料理が食べたい」と言って騒ぐ
こと。こういうのがきっと「男の子、いくつになってもお母さんの
料理がいい」ということなのだろう。(私も母の料理は好き
ではあるけれど、母に忙しい思いをさせるのも…と、私が
帰った時は、昼食は母の料理でも、夕食は、主婦ふたりで
おいしく外食をしてしまうことが多い)

仕事で多くの思春期の男の子に接していると、面白い発見が
日々そこかしこに転がっている。きょうだいがいて、思春期の
通り方を近くで見ていたつもりの私でも、毎日のようにそう
感じる。

(この子、見かけによらず甘えん坊なんだ)
と思うこともあれば、
(ずいぶんしっかりしているんだなぁ)
と、感心することも多い。

こちらは、子どもの精神的成長を促すのが大きい仕事の
ひとつでもあるから、黙っていつも見守っているわけでも
ない。特に、私は国語を教えているから、日々きっかけを
作る努力をしているつもりではある。

たとえば、「父、母、祖父、祖母、おじさんやおばさんに、
今の自分と同じ年齢の時の話を聞いておいで」といった形で
水を向ける。今の高校生の両親の世代なら、「フォークソング
部でギターを弾いていた」、「新聞配達をしてから学校に
行っていた」、「兄弟で手分けして両親の手伝いをしていた」
などの話。祖父母の世代なら、「戦時中で勤労動員させられて
いた」、「日の丸弁当を食べていた」などの話が出てくる。

そういった経験を通して、生徒は今の世の中に生きる自分
たちが、いかに恵まれた生活を送っているかわかるし、平和の
ありがたさもわかるだろう。それがひいては、家族への敬愛や
尊敬の念につながるかもしれない。こちらとしては「目に見え
ない、心の核となる部分」を作る手伝いになれば、と思っている。

古瀬陽子さんの歌を、生徒たちに聞かせたら、なんと言うの
だろう。両親の間で板ばさみになって苦しんでいる子どもも、
今の世相を反映して、結構多い。そんな子は、
(これ、オレの歌だよー!)
そう思うのだろうか。

多くの人に共感してもらえる歌を作れる古瀬さんは、きっと
大きな存在になる。そんな思いが、たった4分ほどの間に、
私の中を駆け抜けた。彼女の歌には、大きなプレゼントや
ヒントをもらった気がした、そんな代官山の夜だった。

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コメント

2DAYS猫ライブのゲストの古瀬陽子さん、オフィシャルHPで見ました。とても力がある目の輝きを持ったアーティストだと思います。
名字一字違いで私の母と同じ名前です。

さすがに母親の事を「ママ」とは自分は呼べませが、
その母親が、つい最近亡くなりました。まだ実感が湧きません。
自分の車で葬儀場へ向かった時、猫のCDが流れてて、
「各駅停車」が掛かった時には号泣しながらハンドルを握ってました。守ってあげたいとか、もっと高度な治療を受けさせてあげたかったと思っても、もうどうしようもないんだなぁという感じです。
親を亡くしてはじめて解った事。
「親孝行したい時には親は無し」

今時、親と子の関係がいろいろと取り沙汰されてますが、お互いの根底に絶対あるもの。それはきっと「無償の愛」だと思います。

私のPC部屋には、遺影と白木の位牌と小さな箱に入った母と少しの花。四十九日が来るまでは、もう少し気持ちが落ち着くだろうから、それまではいままでありがとうの気持ちを込めて、遺影に話掛けてます。

しめっぽい話でごめんなさい。

投稿: みっきーパパ | 2005/09/19 16:21

みっきーパパさん、お力落としのことと
存じます。このたびのご不幸、心より
お悔やみ申し上げます。

>今時、親と子の関係がいろいろと取り沙汰
>されてますが、お互いの根底に絶対あるもの。
>それはきっと「無償の愛」だと思います。

「無償の愛」と思えるということは、きっと、
みっきーパパさんはお母様から多くの
「有形無形の愛」を受け取ってこられたの
でしょうし、お子さんにも与えておいで
なのでしょうね。

最近は、私立校でも保護者に「愛があるのか」と
思う場面に出くわすことがあります。
受験直前のわが子を置いて、愛人のもとへ
走る親。家庭が崩壊していて、子どもへの
愛が注げない親。そんな家庭の子どもは、
見ていて痛ましいです。

そういった時代の中ですが、みっきーパパ
さん、そして古瀬さんは、間違いなく「無償の
愛」を注いでもらって、育っていらしたので
しょうね。実はこれは、とても幸せな
ことではないかと思います。

気持ちの整理がまだつかない中で
いらっしゃると思いますが、コメントを
ありがとうございました。

投稿: つきのみどり | 2005/09/19 22:30

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