« 「刺客」ではなく「小泉パートナーズ」 | トップページ | 猫 Live in 手風琴 来年への予感 »

2005/11/19

紀宮さまご結婚に寄せて 美しく咲く「ひつじ草」

blog051119


11/15の大安、東京は澄んだ空気が
一面に張りつめた冬の朝だった。
この日、紀宮さまがご結婚された。

ご結婚の様子は一日中報道されていた
ので、改めて私が書かなくてもいいだろう。
夫ぎみ、黒田慶樹さんの晴れやかな笑顔と、
落ち着いた美しい「清子さん」のお姿が印象的だった。

この日私が注目していたのが、「マスコミがいつの
時点を境にして、呼び方を”紀宮さま”から”黒田
清子さん”にするのか」ということ。なんせ、内親王の
民間への”降嫁”は40年ぶりのこと。しかも、内親王と
旧皇族・華族出身ではない方とのご結婚は初めて
だという。そういった意味で、「清子さん」は、家柄や
出身にとらわれず、「自分にとって最も必要な方」を
選んだ、ということでもあるのだろう。

私が気づいた限りでは、この通り。新聞は原則的に
webで確認した。

・15日午前
 「紀宮さま」―各社テレビ報道、新聞社
・15日正午
 「黒田清子さんになりました」―NHK総合・
ニュース

・15日午後
 「紀宮さま」―テレビ記者会見・見出し、「朝日新聞」・
読売新聞」・「産経新聞」の見出しと記事、
毎日新聞」見出し

 「清子さん」―「毎日新聞」記事、「日本経済新聞」・
東京新聞」見出しと記事、「時事通信」・「共同通信

・16日
 「清子さん」―各社テレビ報道、新聞社

報道では、15日・11時から行なわれた結婚式の
後、宮内庁職員が新居の区役所に婚姻届を
出したそうだ。これが受理された時点から、
「黒田清子さん」ということになる。ただ、皇室の
戸籍にあたる「皇統譜」で、紀宮さまの記事が
削除されるのが翌日。だから、まだ「紀宮さま」
でも間違いはない。

むしろ、「黒田慶樹さん・清子さん」という見出しでは、
一瞬誰のことかわかりにくい、という判断もあったの
だろう。だから、15日の報道は午後になると各社で
対応が分かれていた。

でも、結婚翌日、16日は皇統譜から記録が削除
される日。だから、この日は全て「清子さん」という
記事だった。

(今日・19日現在では、「紀宮さまご結婚」という
形で、関連記事へリンクしている社が多いようだ)

これとは逆の「民間から皇室に」というケースだった
けれど、秋篠宮妃紀子さま、皇太子妃雅子さまの
ご結婚の時は、朝ご自宅を出る時、宮中での
結婚式の時までは、それぞれ「川嶋紀子さん」、
「小和田雅子さん」だったのが、結婚式が終わると
「紀子さま」、「雅子さま」にいっせいに切り替わった
のが非常に印象的だった。そういう報道のルールが
できていたのだろう。

こういうニュースに接すると、必ず思い出すのが、
幸田文の『雀の手帖』。(新潮文庫)彼女らしい
視点で、「スズメのおしゃべりのような」、でも、
鋭いエッセイがたくさん収められている。彼女の
文章をもう少し読みたいな、と思った時に、何気なく
手に取った本。

この本は、もともと1959(昭和34年)、福岡に本社を
構える「西日本新聞」に、1月末から5月初めまで、
ちょうど100回連載されていたもの。冬の厳しさ、
入試の光景、春の訪れ、初夏の気配…短いながらも
光景が目に浮かぶような、名文が並ぶ。

この年の4月10日、皇太子(現・天皇)陛下と
正田美智子さん(現・皇后陛下)のご結婚があった。
この際のことも、いくつかの文章が載せられている。
「皇居前」、「美智子様へ」、「よき御出発」、「お行列」。
結婚前のことから、ご成婚パレードを見ての感想まで、
一連の流れになっている。

読んでいると、いかに当時の人々が、「民間から初の、
皇族と結婚する女性」となった、正田美智子さんに
関心を寄せ、慕っていたか、ということの片鱗が
うかがえる。前日からの雨があがり、見事に晴れ
渡った中でのご成婚だった。パレードを見ようと
沿道に出た人は5万人近くにもなっていた。

パレードを見た幸田文はこう記す。「私に残った印象は、
皇太子様は晴々としていらしたことと、カフスが”白かった”
こと。妃殿下の初々しさと顔の美しさ。かっかっ。
からころと。」

最後の音は、パレードが馬車だったから、蹄の音と
馬車の車輪の音だろう。

パレードが終わり、沿道にまだ残っているテレビ局の
人たちは「美智子さん」、「妃殿下」、「正田さん」などと
呼んでいた、という文もある。「人々に美智子さん、と
呼ばれる親しい妃殿下が今までにあったろうか」とも。

(そうか、初ケースだったから、まだ呼び方が統一されて
いなかったんだ)
こんなことも、当時の世相がうかがえて、面白い。

文章とは、人の感情だけでなく、その時代に生きる人々の
気持ちや世相も切り取るもの。こんなことを『雀の手帖』は
改めて感じさせてくれた。

ところで、紀宮さま、といえば、皇族時代のおしるしは
「ひつじ草」だった。ひつじ草、とは、睡蓮の別名。睡蓮は、
泥水の中で美しく咲くから、清廉なもの、清潔感あふれる
美しさの象徴でもある。

太宰治は『富嶽百景』で、のちに結婚する美知子夫人と
お見合いした際に、夫人の背後の長押にかけられていた
富士山火口の写真を見て「睡蓮の花のようだと思った」と
記している。

これは、富士山に、というよりも、美知子夫人に
向けられた形容だろう。だから、この一言で、美知子
夫人が、楚々としたお嬢さんだったということがはっきり
わかる。紀宮さまもきっと、睡蓮の花のような品位を
持った女性なのではないだろうか。

結婚に際して重要なもの、私は、「価値観の一致」だと
思っている。人生で何が大事なのか、どんなものが
好きなのか。ぜんぜん違う夫婦もあるけれども、私は、
同じ目標に向かって頑張ったり、同じものを信頼したり、
同じ趣味を楽しむ夫婦でありたい、と思う(でも、いつも
一緒というのではなく、夫婦それぞれの人生と時間が
充実していることが大事だとも思っている)。

「紀宮さま」から「黒田清子さん」になる、ということは、
私などの想像をはるかに越えた大変なことであるに
違いない。でも、お兄さまの友人として皇族の大変さを
見つめてきた黒田さんは、ある意味一番ふさわしいの
だろう。
どうか、お幸せな結婚生活を送られるよう、私も願っている。

|

« 「刺客」ではなく「小泉パートナーズ」 | トップページ | 猫 Live in 手風琴 来年への予感 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/73691/7203766

この記事へのトラックバック一覧です: 紀宮さまご結婚に寄せて 美しく咲く「ひつじ草」:

» 紀宮さまの結婚披露宴 [新米部長のアハハ奮戦記]
   何だか目からウロコが落ちる思いがした。テレビで映し出された紀宮さまと黒田慶樹さんの結婚披露宴を見てのことだ。    質素にとの紀宮さまのご意向に沿ったものだったそうだが、お母上の美智子皇后から譲られたという、あの着物姿。髪飾りをつけるでもなく、特別....... [続きを読む]

受信: 2005/11/20 08:25

« 「刺客」ではなく「小泉パートナーズ」 | トップページ | 猫 Live in 手風琴 来年への予感 »