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2005/11/26

web連載「教育カフェテリア」第16回更新

ロゼッタストーン」でのweb連載、「つきのみどりの
教育カフェテリア
」。昨日、11/25に第16回目の
記事を更新した。

今回のテーマは、「礼儀作法教育・マナー教育の意義」。
このところ、給食の時間で「いただきます」を子どもに
言わせないでほしい、という保護者が出ている、という
話を複数目にした。「お金を払っているから言う必要が
ない」というのが保護者のリクツらしい。

「お金を払っているから言わない?!はぁ?!」
(↑あの”摩邪”風で)

確かに、保護者が「お金」を払っているのかもしれない。
でも、その「お金」が「給食」になって子どもたちの目の
前に届くには、野菜などを育てている人、それを運んで
くれる人、そして、調理してくれる人などの手がかかって
いる。

「いただきます」と言うのは、それら全てに感謝する、と
いうことではないのだろうか。保護者が「お金を払って
いるから”いただきます”言わせないで」と言うのなら、
「それではお宅のお子さんは、お金をそのまま食べるん
ですか」と返したくなってしまう。

こんな時代だからこそ、マナー教育や礼儀作法を教え、
他者への思いやりを、身を持ってわかってもらうことの
意味を考えてみた。

私も常日頃生徒たちに指導しているつもりでいる。
「こんな時には、こう言うんだよ」と、やんわりと言えば、
だいたいどの生徒も素直に聞いてくれる。高圧的な
言い方をしないことは結構重要。
(ただ、悪いこと、人をさげすむようなことを言えば、
厳しく怒るのは言うまでもない)

これからはそういったことも教育の大事な柱のひとつに
なるだろう。私なりにこの柱は大事にしていきたいと
思っている。

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コメント

確かに「お金を払っているから」ってリクツは成り立たない。
店で食べるにしても「いただきます」って手を合わせて言う人は、店の人間としては一服の清涼剤に感じてしまうし、いい育ち方をしているんだな、と思ってしまう。
「お金を払っているから」食べ物を粗末にしてもいいってリクツになってしまいます。
昔、お金を払っているのだから、って云う理由で、外国から輸入した米を粗末に扱った前科のある国なんだ、この国は。

喫茶店のオーナーとして言えば、最近、目に余る食べ方をする人も多い。お金を払っているから何をしてもいいと考える人が多いんだろうね。勿論、凄く「不快」です。作っている立場で言えばね。

「いただきます」「ごちそうさま」ってのは、挨拶でしょ。
人間が生きている上での、最低のマナーでしょ。
最近、会っても挨拶が出来ない人が多い。子供だけじゃなくて大人でも多い。
「おはよう」「こんにちは」「行ってきます」「お帰りなさい」「お疲れ様です」「おやすみなさい」「失礼します」
そして「ありがとう」
根底には「感謝」がある。
親しき仲にも、親しくない場合でも、最低の礼儀は必要だ。
それが、人間関係の潤滑油でしょう。
そんなモン、学校で教える以前の問題だと思ってしまう。
家庭の教育、以前の問題かな。

投稿: ジキル。ハイド | 2005/11/27 02:47

>ジキル。ハイドさん

いつもありがとうございます。

>学校で教える以前の問題だと思ってしまう。
>家庭の教育、以前の問題かな。

確かに以前は私もこう思っていました。
でも、こう言っていると、家庭できちんと
教えられていない子どもが、想像もつかない
へりくつをごねるようになっているので、
現実問題として対処できません。
ですので、学校でもしつけていかないと
いけないように感じます。

「お金を払っているからいただきますを
言わせないで」という子どもの保護者が、
その考えのまま中学・高校に来たら、
どんな無理難題を通そうとするのか、
想像すると恐ろしいものがあります。

(事実、無理難題を並べる保護者も
既に見かけます。またそういった話は
連載で取り上げたいと考えています)

また、根本から今の教育システムを
変えて、「幼稚園・保育園などで
徹底的にしつけをする」などのことを
しないといけないかもしれません。

今、「ポスト小泉」と言われる4人の中に、
「義務教育を改革する。義務教育から
中学をはずし、職業教育も取り入れる。
その代わり幼稚園を義務教育にして、
礼儀作法などを徹底的に叩き込む。
そうしないと、日本はダメになってしまう」と
言っている方がいるそうです。

その方の主義主張に全て賛成、と
いうわけではありませんが、こういう
考えも一理あるかもしれない、と
思わずにはいられないこの頃です。

投稿: つきのみどり | 2005/11/27 18:38

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