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2006/02/04

立春 いにしえ人の喜び

七草(1月7日)、小豆粥(1月15日)は行なわれなく
なっている家庭も多いかもしれないけれど、節分は、
まだ根強く残る風習のひとつではないだろうか。

ただ、この数年は、豆まきよりも、恵方巻(えほうまき)の
風習が急速に全国区に広まっている感がある。これは
コンビニの作戦。海苔巻きはひとりで食べてもおかしく
ないが、ひとりの豆まきはとっても切ない。

ひとり暮らしの世帯が増えている
現代には、この方が「節分」の風景にふさわしいの
かもしれない。

節分は、旧暦で言えばだいたい大晦日。だから、
翌日の立春は、いにしえ人のこよみで言えば
「お正月」ということになる。

お正月。どんなに寒くても、どんなに雪や氷があっても、
平安の貴族たちは、春の訪れを心から喜んだ。
「袖ひちてむすびし水のこほれるを 
春立つ今日の風やとくらむ」(『古今集』春上・紀貫之)

立春、といえば、この歌が真っ先に浮かぶ方も多い
だろう。冬の間、袖をぬらして、手にすくった水は
凍っていたのを、春になった今日の風は、きっと
氷を溶かしているだろう、というこの歌。

春が来たら、風も今日からは「春風」。氷を溶かし、
花を咲かせる風。現実にはまだ体をいてつかせる
風が吹いているかもしれない。でも、心では「春」を
楽しんでいる。そんな貴族たちの姿が目に浮かぶ。

お正月の訪れを楽しむ貴族たちの世界は、「ハレ」と
「ケ」がくっきりわかれている世界でもあった。
「晴(ハレ)」と、日常の「褻(ケ)」。

日々の普通の生活をコツコツとこなすからこそ、
たまに来る、非日常のイベントが待ち遠しい。
平凡な毎日があるからこそ、たまに来るお祭りは
大いに楽しい。彼らの残した和歌や文章からは、
こんな生活が見えてくる。
これは、現代の人にとっても素直に共感できる
ことではないだろうか。

でも、現実には、「ハレ」と「ケ」の境界線があいまいに
なっている、と思うことが多い。お正月ですら、
いつもと変わらぬように、スーパーやコンビニが開く。
子どもの習い事のコンクールの表彰式に、くしゃくしゃの
トレーナーで平然と現れる親子がいる、という話も
聞いたことがある。七五三ルックをしなくてもいいから、
きれいに洗濯してアイロンをかけた洋服をなぜ着ようと
思わないのか、と心配になる。

こういう光景が当たり前になると、「ハレ」と「ケ」という
いにしえの考え方は、誰にも理解されなくなるのだろうか。
立春の今日、いにしえ人の喜びを思いながら、自分も、
「ケ」の日常を地道にこなし、「ハレ」を心から楽しめる
人でありたい、改めてそんなことを願った。

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