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2006/12/31

それぞれの「つま恋」 ”決断”と”出会い” この不思議なもの

「つま恋」、この言葉を、今年いったい何度見聞きしただろうか。

31年ぶりに、吉田拓郎さんと再結成したかぐや姫が
つま恋(静岡県掛川市のヤマハリゾート施設)で
行なうライブ、春先からこのことで私の周囲は
浮き足立っていた。

チケットはあっと言う間に売り切れ、スクリーンしか
見えない、という追加席まで発売される。NHK
ハイビジョンで生中継する、という話も伝え聞く。

9月、大相撲秋場所が始まる。
(2週間経ったら「つま恋」なんだ…)
生中継が大相撲で2時間中断する、という話も
聞いていた。だから、相撲、という言葉に私まで
敏感になっていた。

私はつま恋に参加しなかった。その代わり、と
いうか、翌日開かれる、名古屋・久屋大通公園での
「青春のグラフィティ」コンサート(※2006/09/26記事)に
参加することにしていた。つま恋の録画予約をし、
名古屋に行くため、家を出た。

名古屋のホテルでの夜。テレビのニュースでは早速、
つま恋の映像が流れる。私も持ってきたモバイル
PCで、サイトをチェックする。

(中島みゆきさんが、サプライズゲストで来た…)
私がこのことを知ったのは、参加されていた方の、mixiでの
日記だった。

翌日、名古屋でのライブを満喫し、家に帰ってきて、
真っ先につま恋の映像をチェックした。

つま恋からおよそ1ヵ月後。NHKの(名古屋放送局製作)
ドキュメンタリーが放送された。会場入りするバスの中で、
拓郎さんが、文字通り「長蛇の列」の観客を見て、
「すごいね、トイレ行くのもあんなに並ぶんだ…ライブ
見るのも命がけだね」と言ったことを、私は忘れない。

大病から復帰した彼にとって、ライブをするのは、もちろん
命がけのことだろう。でも、大病や大ケガから復帰した
方にとっては、あれだけの規模で、日よけも椅子もない中、
ライブを見るのは同じように「命がけ」のことなのだ。

人は、人生で大小数え切れないほどの「決断」をして
生きていく。その時は大きい決断だと思わなくても、
それが、後になって実は、人生を大きく左右することに
「ばける」場合もある。

私は、つま恋の映像を見るまで、こう思っていた。
「31年前はリアルタイムで彼らの歌を知るはずもない。
だから、行っても懐かしさは起きるはずもない」

でも。かぐや姫が歌う「うちのお父さん」を聞いて、
(あーっ!)
幼い日の記憶があっという間に、そして、まざまざと
よみがえった。

この歌は「ママとあそぼう!ピンポンパン」(フジテレビ系)で
流れていた。「♪汗をかいたので ひとやすみ…」と、
私も、テレビから流れる歌声に合わせて歌っていた。

そして、「♪今度お母さんが町に出る時に 真っ赤な
蝶ネクタイを買ってもらったら」という歌詞で、幼い私は、
「蝶ネクタイ」という存在を知った。

(31年前、私も確かに生きていた、私は彼らと同時代を
生きてきた)
心の底から、言葉にならない感動がわきあがってきた。

それにしても、行った方の胸には、書き切れぬほどの
思いがあるはずだし、こうして、行かなかった者の
胸にも、さまざまな思いを抱かせるつま恋、吉田拓郎さんや
かぐや姫の存在の大きさ、ひいては、歌の持つ力、
時代への影響力を改めて感じずにはいられない。

星野道夫さんは『旅をする木』(文春文庫)で、こう
書いている。
「人生はからくりに満ちている。日々の暮らしの中で、
無数の人々とすれ違いながら、私たちは出会うことがない。
その根源的な悲しみは、言いかえれば、人と人とが出会う
限りない不思議さに通じている。」

そう、人生というのは、どこで、また、何が運命の
分かれ道になるかわからない。多くの人やものごとと
出会うけれども、一瞬のタイミングのずれで、出会わずに
すれ違っていき、二度と出会わない人やものごとが、
数多く存在する。

だから、人生とは、面白くもあり、悲しくもあり、そして、
楽しくもある。これらがあるから、人生は素敵なものになる。

そして、不慮の事故で、星野さんが志なかばで人生を
断ち切られた方だと気づくと、数々の出会いに恵まれ、
「人生を楽しめる」ことは素晴らしいと、改めて思い至る。

今年あったことを振り返りつつ、改めてそんなことを思う、
年の瀬の私だった。

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コメント

連チャンでごめんなさい。つま恋にわずかですが参加した、といっても、こうせつさんのファンクラブの恩恵があったことは否めません。それでも参加しただけでも反響がすごくて。元は取ったように思います。 私は31年前は全く関心が無かったです。中津川フォークジャンボリーも後から。 その現場、椛の湖で2年前浜名湖花博のイベントの次の日、坂庭省悟さん追悼の8時間耐久コンサートへ。このように後付けばかりですが新しい歴史に参加できて感激です。もちろん青春のグラフィティも。   来年はどうなることやら。いろいろあるみたいです。それではまた。失礼します。

投稿: 浜ちゃん | 2006/12/31 10:40

>浜ちゃん


こちらにもありがとうございます。
31年前は別のことに夢中の少年で
いらしたのですね。


でも、同じ時代の空気を吸って
いらしたということで、今から
追いかけられても、実感を伴って
理解できることが、数多く
おありなのではないでしょうか。


今年も、コメントなどありがとう
ございました。どうぞ良いお年を!

投稿: つきのみどり | 2006/12/31 14:20

それぞれの楽しみかた

31年前、同年のフォーライフレコード発足の報に衝撃を受けた身としては嬬恋自体はそれほど大きな印象に残っていない。もちろん拓郎教の信者でなかったからかも知れないが、(逆恨みで恐縮だが)おけいさんを奪って六文銭の解体を促進させたり、例の金沢事件でせっかくの新六文銭を消滅させたとの印象が強く、六文銭フリークの私にとっては拓郎の存在は彼の残した楽曲とは別に"微妙"なものであった。だから今回のビックイベントも世間の評価とは別に私の中では"懐かしい"以外それほどの感慨を抱くものではなかった。拓郎ファンのお叱りを覚悟の上で記せば、目立ちたがりの上昇志向の青年がたまたまフォークというジャンルを足がかりにしただけというと言い過ぎだろうか?どんな人でも功罪はあり、私にとっては罪のイメージだけ強いだけではあるが。功の部分で言えば抜群のメロディメーカーである点、フォークというジャンルの曲をメジャーな存在に押し上げた広報マンのような働きだろうか?まあこの点では結局ヒットしないといいフォークではないという流れを作ったという(必ずしもいい歌が認知されない)マイナスの部分もあるけど。
なんか長くなって申し訳ないけど偉大なアーティストのエンタテイメントとしてなら純粋に楽しめるけど31年振りのフォークの祭典とか団塊の世代の・・なんて言われちゃうとその時代、同じ空気を吸っていたものを一括りにしないでと天の邪鬼な性格が頭をもたげちゃうという感じです。

そう、あの時代フォークを支持した世代はそれぞれの歌を愛することでひとりひとりが違う価値観、多様性を持つことが重要であることを自覚した世代でもあったのだから。

新年早々長々とした書込で申し訳ありません。拓郎ファンの皆さん失礼の数々お正月に免じてお許しを。因みに拓郎の好きな歌は落陽、外は白い雪の夜、アジアの片隅で 等です。
本年もよろしくお願いいたします。

投稿: たくみ | 2007/01/01 16:04

>たくみさん


コメント早速ありがとうございました。
たくみさんのように、さまざまな
ご意見や捉え方があるのは当然の
ことですよね。

今年もよろしくお願い致します。

投稿: つきのみどり | 2007/01/01 17:16

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