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2007/03/06

玉電開通100周年 『はなうた日和』朗読ライブ 世田谷線の楽しみ

Blog070306a


3/4、世田谷線を
貸し切って行なわれた、
山本幸久氏の小説
『はなうた日和』朗読ライブ。

今年は、世田谷区に玉川電車(通称:玉電)が
通って100年なのだそうだ(参考・「東京新聞」
2006年11月23日付記事)。


そこで、世田谷文学館が、東急電鉄の協賛、
FM世田谷の協力のもと、世田谷線を
貸しきりにして、世田谷線が舞台の小説の
朗読をしよう、ということになったらしい。

玉電とは、もともと、現在の渋谷から二子玉川を
通っていた(!)路面電車。東京開発のための
ジャリを運んだから「ジャリ電」と呼ばれていた
そうな。その後、現在の渋谷区や世田谷区に
路面電車網が広がっていく。

町に住む人の足として欠かせなかった「玉電」も、
東京オリンピックに伴う道路拡幅や、自動車の
交通量の激増に伴って危険が増える(考えて
いただきたい、国道246号で、車と並行して
路面電車が走る、という事実を!!)。

そこで、1969(昭和44)年に、玉電は廃止される。
廃止当日は花で彩られた「花電車」に、ひと目
別れを告げようと沿道に人が押し寄せたらしい。

その後この区間はバスが走り、そして、地下鉄化
された、「新玉川線」(現在の田園都市線・
渋谷-二子玉川間)の開通となり、今に至る。

今は二子玉川(ニコタマ)と言えば、世田谷
マダムの日常に欠かせない場所だけれど、私が
幼い頃は、遊園地があって有名だった。その頃の
駅名は「二子玉川園」。中で映画も見た記憶がある。

玉電が廃止された後も、世田谷線(三軒茶屋-
下高井戸)は走り続けた。かつては木の床、高い
ステップの車両だったけれど、今や駅も車両も
完全にバリアフリーになり、地域に欠かせない
足として生きている。その世田谷線でのイベントだった。

日曜日の昼下がり、まさに「はなうた」を歌いたく
なるような、ぽかぽか陽気。前日のこのTV番組
影響もあってか、三軒茶屋の駅界隈は混んでいる。

泉麻人さんのシンポジウムの告知(今日3/6・18:00-)も
目にとまる。
世田谷文学館の皆さんが手際よく仕事をして下さる。
イベント参加者は整列して静かに臨時電車に乗り込む。

Blog070306b


三軒茶屋駅を
出て間もなく、
奈良禎子アナの
『はなうた日和』朗読が始まった。

『はなうた日和』は、世田谷線沿線に住む人々の
日常を切り取った作品。短編が複数載せられて
いるけれど、その短編を貫くキーワードもあったり
して、面白い(続きはぜひ本でお確かめを)。

朗読は、地声では当然車内に伝わらないので、
車内放送用のマイクで伝えられる。私は仕事柄、
ラジオで朗読があると、
(なんとか自分もうまくなりたい)
そういう一心で聞いている。奈良さんの朗読は
歯切れよく、また、主人公の少年の切なさ、別の
少年の明るさが出ていて、とても素敵だった。

電車は通常のスピードで走り、下高井戸に着く。
そのまま折り返し、作者の山本氏への質問
タイムになった。

小説を書いている時以外は、今は小さいお子さんが
いるので「父親」業にお忙しいという山本氏。

そんな山本氏、小説を書く時に「自分の作品を読んで、
読者が不快な思いをしないように」心がけて
いらっしゃるのだそうだ。
(小説に限らず、ものを書くってそういうことが大事よね)
改めてそう気づかされた。

世田谷と言うと、人はどんな風景を思い浮かべるの
だろうか。「VERY」や「STORY」で描かれる、上質な
日常?劇場やライブハウスに若者が押し寄せる、
下北沢の風景?

世田谷線の沿線には、「人が、自分のペースで
生きている」風景がはっきり見える。世田谷線に
手を振る子どもたち。線路脇で植木を手入れする
おばさん。商店街で買い物をする人々。途中、
環七と交差するところもあり、世田谷の今を切り
取りながら、でも、決して「おしゃれ」だけではない、
昔から続く「東京の日常生活」を垣間見せながら、
およそ17分の旅は続いていく。

東京で、少し懐かしい気分に浸りたくなった時、
世田谷線に乗ってほしい。時間があると江ノ電に
乗るのが好きな私だけれど、そんな余裕がない
時は、世田谷線で、ちょっとだけ、慌ただしい
日常から離れるのが好きだ。

「ちょっと寄り道、気分はほんわか、世田谷線」

イベントに携わって下さった皆さんへの感謝の
思いと共に、そんな言葉が頭に浮かんだ、
日曜日の午後のひと時だった。

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コメント

今回は「日常」ですね。

私、今の住まいの前はこの沿線の住人でした〜!
普段は都心地下鉄に乗り入れている東急線を利用していましたが、小田急線や京王線に乗り継ぐ時は、この電車が足。そういえば三軒茶屋から下高井戸まで通して乗ったことはないかも知れません。

前日のTV番組でランキングされていた名所やお店も非常に懐かしいけれど、私にとっては「日常」だった風景……
季節ごとの景色が、人の顔と共に思い出されます。
確かにSTORY世代(自分も)的な楽しみも世田谷にはありますが、それはそれ。世田谷って広いですものね。

このイベントもよい企画だなと思っていましたので、様子がわかって嬉しいです、ありがとうございます。。

投稿: 風知草 | 2007/03/06 11:30

確かに世田谷は広いです。

60年代中頃に玉電の二子玉川園からその先の玉電砧線に乗って2キロぐらいに砧本村という終点の駅がありました。そこが釣りのメッカで兄がよく釣りへ行ったそうです。
今、その近くに住んでいるのですがニコタマからのバスの終点になっており、今だに「時間が止まって」います。

このあたりは今でも野菜の無人スタンドがあり、大根でも葱でも100円ポッキリです(笑)

しかも自転車で10分少々走ればルイヴィトンや
シャネルやエルメスのある玉高にもすぐです。

不思議な街なのです。

江ノ電は観光客が多いですけど世田谷線は日常の足として馴染んでます。
懐かしい気分を味わいたい時は世田谷線、あるいは「都電荒川線」が気分転換になります。


投稿: よおこJ45 | 2007/03/06 13:45

>風知草さん


コメントありがとうございます。
そうでいらっしゃいましたか、
お住まいだったことがあるのですね。


「日常」を丁寧に、地道に生きているから
こそ、「非日常」が楽しめると
思うのです。今は「非日常」(晴れ)の
イベントの情報が溢れていますが、
「日常」(け=褻)を充実して
生きることが、古来から日本人が
持っている考えなのですよね。


このイベント、マスコミの取材も
複数来ていましたし、店員の
70人に対して3倍ほどの応募が
あったようでした。内容が
大変良く、スタッフの皆さまの
ご尽力に、ただ感謝、のひと時
でした。

投稿: つきのみどり | 2007/03/06 19:18

>よおこJ45さん


確かに、二子玉川は
「タマタカ(玉川高島屋)」が
どんどんゴージャスに変化
していくのに、少し外れると
のどかな風景が広がっていて、
大変不思議な街ですよね。


世田谷は、駅から徒歩圏内の場所でも、
のどかで畑も広がっているところが
多く、そういった意味でも、ほっと
できるのかもしれませんね。

>今でも野菜の無人スタンドがあり、
>大根でも葱でも100円ポッキリです(笑)
100円ポッキリ、とはオドロキです!


都電荒川線も確かに捨てがたい魅力が
ありますよね。両方とも地元の方の
日常の足として、活躍し続けて
欲しいものです。

投稿: つきのみどり | 2007/03/06 19:26

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