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2010/03/17

身近なハッピー!のヒント16 「お待たせしました」の思いやり

先日、ある化粧品のサンプルをもらいに、
デパートに立ち寄った。

その商品は初めての利用。
某製薬会社が発売して半年足らずの化粧品、メール会員に
サンプルプレゼントの案内が来たので、試しに出かけてみた。

ホワイトデー目前に週末が重なり、大変混雑した店内。
ようやくカウンターまでたどり着くと、先客がいる。
1度に1組しか対応できない様子。
「恐れ入ります、20分ほどお待ちいただきたいのですが…」
「わかりました」

店内をいろいろ見て回る。久々に来たお店で、
それ自体は楽しかった。

20分後。私の顔を見て、スタッフさんの言葉。
「こちらにどうぞ」
(あれれっ…?!)
…言葉が足りない!
そのまま私が席に座ると、サンプルを渡す前の
説明が始まった。
20分ほど話し、サンプルをもらう。最後まで私の
期待した言葉はなかった。

足りないと思ったのは、
「お待たせしました」。
もちろん私が望んで待ったのには間違いない。
けれど、お店がわの都合で「待ってほしい」と言ったの
だから、私が20分後に再び現れた時、
「お待たせしました」とあっても良かったのではないか。

この言葉、私は社会に出る前に、家で母から学んだ。
たぶん、電話の応対を教わり始めた、小学校
3、4年生の頃。親族からかかってきた電話を
取る時など、家族だけでなく、親戚からも
「電話はこう言って取るんだよ」
分かるように諭された覚えがある。

母の応対を聞いていると、中座する前は
「少々お待ち下さい」
戻ってきた時は、必ず、
「お待たせしました」
と言っているのに気づき、
「お母さん、誰から教わったの」
こう聞いた覚えがある。

「仕事でね」
「おばあちゃんからじゃなくて」
「そうよ」
OL時代に叩き込まれたのだった。

Blog100317


母はこの言葉を
自然に使っていて、
たとえば、食事どき、
ダイニングテーブルで待っている私たち
きょうだいに、
「お待ちどうさま」
そう言って食事を出してくれるのが、日常の一こまだった。

母が仕事で身につけた「お待たせしました」。つまり、
仕事のキャリアはその人自身を
パワーアップさせて、豊かにしてくれた

ということ。

(今、女子大生の中に、就職活動の困難さから
「働きたくない」と言う声が出ていると聞く。
確かに大変には間違いないけれども、
卒業していきなり家庭に入るというのは、
「パワーアップする機会を自分から奪ってしまう」こと。
終身雇用が崩れている現代、そのリスクは
あまりにも大きく、将来のマイナス作用は計り知れない。
そんな、自分にとってマイナスなことは絶対にしないで、
少しずつでもキャリアを積んでほしい)

オンでもオフでも、何かを、誰かを待っている間、
確実に二度と戻せない時間を使っている。

待たせた相手に対して、
「お待たせしました」
「お待ちどうさま」
と言うのは、そのことへの感謝、
お詫びなどをすべてひっくるめた
「思いやり」なのだろう。

「先生、私が休んだ日に配ったプリントを下さい」
私は探し終え、待たせた生徒に、
「お待ちどうさま」
「待たせて悪かったわね」
などと言って渡している。

何かを、誰かを待たせないに越したことはない。
でも、待たせてしまったら、思いやりある
「お待たせしました」をまず、伝えたい。
それは、必ずその後のつながりを豊かにするから。

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