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2010/08/17

マザー・テレサ生誕100年 ひとりひとりの「愛」の示し方を

今年は、マザー・テレサの生誕100年に
あたるという。


先日、思いがけず、三越・日本橋本店での
「マザー・テレサ 愛の世界展」を見ることが
できた(8/23まで開催中)。

マザー・テレサ。インドでの貧しい人々への
慈善活動が高く評価され、1979年に
ノーベル平和賞を受賞。

1997年に亡くなると、インドでは国葬が
執り行われ、また、通常は死後50年程度
経過しないとなれない福者(死後に聖性と
徳を讃えられる人物)に、たった6年で
列せられている。彼女の功績の素晴らしさと、
影響の大きさがこのことからもわかる。

初来日は1981年。小学生の私、ニュースで
見たのを強く覚えている。シスターそのものに、
それまでお目にかかったことがなかった。

いったいどういう方なのか想像がつかず、母に、
「何をする人?ノーベル平和賞をもらった、って言ってるよ」
こう尋ね、母が、こんな風に答えてくれた記憶がある。
「インドでね、とても貧しい人たちのお世話を
している、立派な方よ。キリスト教の方なの」

マザー・テレサは第二次大戦の前からインドの
修道院にいて、学校の校長まで務められた。

ただ、神のお告げで「最下層の人々のために働く」
ことを決意、修道院の外で働く許可を得て、
実際に行動に移される。

私が展覧会を見て、強く心に残ったのは、その、
「最下層の人のために働きだした」のが、39歳
だったこと。修道院を出られ、看護の基礎を学び、
新しい活動を始められたのだという。

もっとお若い時に始められた、と勝手に
思い込んでいたので、大変な衝撃だった。

もちろん、20代からの仕事という基礎があって
できることに違いない。でも、今の日本の
平均寿命が生まれる背景のように、衛生や
医療状態が整っているならまだしも。それが
決して良くない状態で、40歳を前に新しいことを
始められたというのは、大変な決意と熱意の
賜物なのだろう。

そんなマザー・テレサにも、闇の中にいる
気持ちだった時期があるのだそうだ。
彼女の場合は、信仰によってその闇を脱してきた。

そして、その行動は宗教や国籍を越え、
多くの人の共感を呼び、支援の輪が広がる。
1979年のノーベル平和賞の受賞にまでつながった。
もちろんマザーテレサは、賞金を全額、
貧しい人々のために使った。

マザー・テレサの活動の根底にあるのは、「愛」。
言葉で、行動で、惜しみなく周りのすべての人々に
愛を注いでいらした。街角で死を待つだけだった人も、
彼女と仲間たちによって多くの愛を受け、天国へ
旅立った。

もちろん、皆がマザー・テレサのような活動が
できるはずもない。でも、
「ひとりひとりが、自分なりに、周りに
愛ある行動を示していく」

ことなら、間違いなくできるだろう。

家族への愛、仲間への愛。自分に関わる人、
周りにいる人すべてに思いやりと真心を持って、
示していく。それこそが誰にでもできる、愛の示し方。

今週末から全国各地で、そして、東京では9月に
入ると、マザー・テレサ映画祭が開かれる。
物は溢れていても愛なき者の話題が多い今、
彼女の生きざまから、ひとりひとりが
「自分なりの愛の示し方」を考え、行動を
していくことが大変重要ではないだろうか。

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