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2011/01/21

追悼・よおこJ45さん

「よおこJ45様がご逝去されました」
見知らぬ方から、突然舞い込んだメール。
このメッセージで、永遠の別れを知らされた。

(いやだ、他の人宛の間違いメール?)
と思いつつ読んでいく。

しかし。
そこには、部下の方からの、お通夜や告別式の
お知らせが書かれていた。式場のリンク先を
クリックする。
(本物の式場…)

知らせを受けてから、参列するまで、悪い夢、
嘘であってほしい、と心の片隅で願い続けてきた。

ところが。
祭壇の遺影を見て、信じざるを得ないのだ、という
あきらめと悲しみが、じわじわわきあがってきた。
お仕事柄ゆえの、多くのお取引先からのお花。
その中で、多くの参列者が、男女を問わず涙を
流していたのが、一層悲しみを深くした。

私は、教員という仕事柄、生徒たちの保護者の
訃報に時々出くわす。関わっていない生徒でも、
訃報を知ると、胸が痛い。今回も、ご遺族の
ご様子を見るのがいたたまれなかった。

よおこJ45さんは、数年前からの知り合いだった。
たぶん、荻窪の落陽で出会ったのではないか。
亡くなられる2日前にも、横浜の、
フォーク酒場 マークⅡにいらしていたという。
お店のサイトに、追悼記事が掲載されている
(リンクをご快諾いただいた、ご関係の
皆様にお礼申し上げたい)。

普段は大変多忙なお仕事の日々。でも、私が
お目にかかるのは、ライブハウスやフォーク
居酒屋など。だから、吉田拓郎さんの数々の
伝説、ライブの話。たくさん聞かせてもらった。

ブレッド&バターのライブに行った私に、
「昔よく聞きました」と言われ、驚いたが、
ウィンドサーフィンをされていた、と聞いて納得した。

私のブログにも、多くのコメントをいただいた。
たとえば、この記事。

・NHK-BS2「フォークの達人」ブレッド&バター 大人の至福のひととき
2006/11/17記事
・玉電開通100周年 『はなうた日和』朗読ライブ 世田谷線の楽しみ
2007/3/06記事
・映画「僕らのワンダフルデイズ」大人バンドの存在意義
2009/11/10記事

また、ふたりのお嬢さんのお父上として、いろいろ
話をして下さった。保護者会のこと、バンドの話…

「自分は男兄弟で育ち、家には娘しかいなくて…」
と、思春期のお嬢さんたちのご様子や進路の
ご希望などをおっしゃり、
「今は女性でも、その方面でがんばっている方は
多いですよね」
と、私が言ったこともある。
この記事にもコメントを下さった。
・私立中学受験過熱に思う
2007/2/7記事

そして、ご家庭でのご様子が
伝わるコメントも、いただいたこともあった。
・味方を作る、ということ
2006/9/11記事

私が独身に戻ってからも、いつも
遠くから応援して下さっていた。blog、
web連載、雑誌掲載…「読みます」と
メッセージを下さり、そのたびに、
(あぁ、がんばらなくては)
励まされた。恋愛感情などは、もちろん私にはなく
(恐らく、よおこJ45さんにも)、私にとっては、
応援して下さる、年上の大事な知人のおひとりだった。

昨年12月、結果的に最後となったwebでの
やり取りは、飼われていた大事な犬を
亡くされたというお話の時。

「娘の進路が決まっていたのが、せめてもの救いでした」
私には、こういうお返事だったので、悲しいながらも
少し安堵した。

亡くなったことを知ったのは、1/17、21時ごろ。
突然すぎて、心が大きく動揺した。

でも。
(このままでは…よおこJ45さんに笑われる)
仕事の一流のプロでいらした、また、教員の私を
応援して下さっていた方に、とても顔向けができない。

翌日以降も、いつものように、しっかりと仕事をして、
そして、お別れをしてきた。

亡くなられたのは1/16だという。この日の夜、私は、
NHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」を見ていた。

この日、心に残ったのは、お市の方(鈴木保奈美さん)の
台詞。兄・織田信長(豊川悦司さん)と夫・浅井長政
時任三郎さん)の戦いで、最愛の夫を喪う。
後追いもできず、娘3人と寄り添って暮らさねばならない。
「死ぬことも叶わない…女のいくさは、今、この時を
生き抜くことにございます」

このドラマの脚本を書かれる田渕久美子さんは、
「篤姫」が大絶賛されている中、最愛の夫ぎみと
永遠の別れをなさった。末期がんで手の施しようがない、と
いう診断を知りながらの執筆だった。
だから、この言葉は、きっと、田渕さんの魂の叫び。

混乱の現代、必要なのは、
「今を決然と生き抜く」
ことだと感じ、twitterにも書いた。

そして、翌日は1/17。阪神大震災から16年。この日は、
今年の高校サッカー選手権で優勝した、兵庫県代表・
滝川第二高校のキャプテン、浜口選手の言葉を
思い出していた。
「震災でまわりの人は亡くなりました。自分はこうして
生かせてもらって活躍もできました」
(記事はこちらで)

どんな場であれ、生きていることは、生かして
もらっていること。
そう素直に思えた。同時に、悔いのないよう
生きようと決意した。
そして、そう思った矢先、訃報が飛び込んできた。

もう、よおこJ45さんに、
「この雑誌に載ったんです!」
など、報告することはできない。今、その悲しみが私を
襲っている。

だが。
(いろいろ応援して下さった、よおこJ45さんに、
恥ずかしくない仕事をしよう。胸を張れる生き方をしよう)
という、強い気持ちもある。

残された者は、懸命に生きて、生きて、
悔いのないように、とことん生き抜くしかない。

この記事をご覧の、多くの皆さんの思い出に、
よおこJ45さんの笑顔があるだろう。その笑顔に、自分も
笑いながら、
「元気です、がんばっています!」
と言える生き方をしたい。それが、生かされている者の
務めだと思うから。

よおこJ45さん、2011年1月16日、永眠。享年52歳。
今までのお礼と、心からの哀悼を込め、この記事を捧げたい。

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コメント

ご報告ありがとうございました。
本来なら私も参列したかったのですが
仕事などで行けませんでした。

来月19.20日に、荻窪落陽に
上京する予定がありますので、
その時でもライブ仲間から
話を聞ければありがたく存じます。

よおこさんは拓郎派で、私は一応
こうせつ派なんで六文銭関係で
よく会っていた記憶があります。

実に残念です。まさか先に往くとは。
ご冥福を祈ります。

それではお元気でまた。失礼します。

投稿: 浜ちゃん | 2011/01/23 10:12

>浜ちゃん様

コメント恐れ入ります。

式場は、環八という幹線道路沿いにあり、
以前からよく前を通っていました。

まさかよおこJ45さんのお別れで
ここを訪れることになるとは、と
複雑な思いで一杯でした。

拓郎さん、山下達郎さんや
洋楽のナンバーが流れる中、
献花をしました。

六文銭のお話もたくさん
しましたよね。新・六文銭の
ことなども。

>実に残念です。まさか先に往くとは。

ほとんどのご関係の方が、
こう思われていると思うのです。

でも、いつまでも泣いてばかり
いたら、それこそよおこJ45さんに
笑われそうな気もします。

いただいた数々の楽しい思い出を胸に、
しっかりと前を見据え、生きて
行きたいです。

投稿: つきのみどり | 2011/01/23 13:36

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