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2013/03/09

生島淳『気仙沼に消えた姉を追って』 レクイエム、そして、次へ

生島淳・著『気仙沼に消えた姉を追って』。

晩秋に買い、忙しくて机に積んだままだった。
忙しさが一段落した日。ふと目が留まり、
(今読まなくて、いつ読むの?!)
無我夢中で読み終えた。

生島淳さんは、四人きょうだいの末っ子。
長兄はフリーアナウンサーとして活躍なさる
生島ヒロシさん、その下に女、男の順番で
きょうだいがいらっしゃる。

書店でこの本を見つけた時、東日本大震災直後、ヒロシさんが、
「妹が行方不明なんです」
と言われていたことを思い出した。ヒロシさんにとっては
妹さん、淳さんにとっては姉上、ということ。

本は、故郷を出て半世紀以上経った著者の淳さんが、
故郷の姿を知らない事実に愕然とし、故郷の皆さんが、
3.11をどう迎えられたのかを聞き、伝えよう、という
お気持ちから出発している。そして、それは、聞き取りを
始めた時に行方不明でいらした、お姉さんのご供養にも
つながるだろうというお気持ちでもある。

まず、気仙沼と言えば水産業ということで、斉吉(さいきち)商店
ご夫妻のお話。廻船問屋から出発し、現在は「金のさんま」などの
加工品で有名。

基本的に地元の方の話は、「3.11前までの歩み」と、
「3.11当日、それ以降」のふたつに分けられている。
気仙沼の船乗りの皆さんの強さ、たくましさが伝わる
昭和の話、そして、時代の移り変わりの中で加工業へ
舵を切って行った平成の話。

そして、3.11で津波に襲われた、後半。
覚悟はしていたものの、衝撃に言葉を失い、読みながら
ぼろぼろと泣きそうになる。休みの日、外出のお供に
持って出ていた。

(だめだ…)
続きは家で読むことにした。

気仙沼大島の市立中学の英語教員の話、高校生の話…
すべてに地元、気仙沼の縁がつながっている。
そして、最後の章は、ご自身の家族の話から書き起こされ、
姉上のことになる。
読み終え、こらえきれず、嗚咽した。

これも3.11直後の報道で知っていたが、姉上は、この日午後、
上京するご予定だった。その前月に亡くなられた、母上の
四十九日法要を都内で行なうため、遺骨を持って。

その、母上への思い、また、姉上、更に、母上の葬儀の時に
見た、その時には見慣れた光景だったはずの、「もう二度と
見られない気仙沼」への思いが、強く伝わった。

そして、姉上へ対してはもちろん、同じような状況で
亡くなられた方への鎮魂の思いが伝わる。

更に、鎮魂だけでなく、前へ、次へ進もう、という、地元の方、
また、ご出身の方としての強い思いも。
外国人プレスの方々も、東北の皆さんの強さには心打たれる、と
いう話を聞く。そのことを改めて思い知らされた。

震災から間もなく2年。この春高校を巣立つ生徒たちには、
「大学生として、社会に貢献できることを考えて」
と言う。私自身、必死に東京で仕事をし、生徒たちに何を
伝えられるか、試行錯誤しながらここまで来た。

日本に生まれ育つということは、天災や戦乱などを
くぐり抜けた、命のつながりの先に、生きていることを意味する。
その糸がつながっていることに感謝しながら、それぞれの立場で、
行動と発信を積み重ね、丁寧に、次の未来を作っていかねば
ならない。

東日本大震災から、まもなく2年。改めて犠牲になられた
皆様の御魂を思いつつ、自分なりに、できる貢献をしなければ、と
誓った。

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