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2013/08/15

鎌倉橋 平和へのメッセージ

東京の経済の中心、千代田区、東京メトロ
大手町駅そばにある、鎌倉橋。
偶然通りかかったのが、この橋との
出会いだった。

Blog130815a


大手町駅から地上へ出てすぐ。早くから開発が進んだ
このあたりは、あちこちでビルの建て替えが進行中。
古いものと新しいものが混在している、不思議な光景。
その中で、古く、重厚な存在感を放つのがこの橋。

(東京のど真ん中なのに、鎌倉?!)
なんだか不思議で、でも、小さい頃から好きな鎌倉なので、
懐かしい気持ちにもなる。

Blog130815b

疑問はこの看板を見てすぐ解けた。江戸城築城の際、
鎌倉から運んできた材木などがここに荷揚げされたのが
名前の由来、と言われる、とある。

ふと、コンクリートがえぐれているのに目が留まる。
(…なぜ?)

Blog130815c

看板があるのに気づく。その看板には、こう書かれていた。
「1944(昭和19)年11月、日本本土市街地への空襲始まる」
この橋は、太平洋戦争で本土の爆撃が始まった頃に
傷ついたままの姿で、残されていた。

後ろから、頭をガン、と殴られた気がした。空襲、街も人も
焼き尽くす。コンクリートのこんな堅固な建築物だって、
ひとたまりもない。当然、人間は…

頭では分かっていたことだけれど、事実が目の前に
突きつけられ、改めて爆弾の威力を想像し、恐ろしくなった。

この鎌倉橋のコンクリートがえぐれた痕は、戦争が
始まってしまえば、人はちっぽけで無力だということを
示している。コンクリートがこんなに傷つくのだから、
人間などひとたまりもない。

帰宅して、撮ってきた写真を眺める。空襲を逃げ惑い、
生き抜いた人々は、それだけで奇跡だと改めて
思い知らされ、涙が止まらなかった。

Blog130815d

昨日の「日本経済新聞」にも、こんなコラムが載った。
「本モノノ空襲警報ガ初メテ鳴ッタノハ昭和十九年
十一月一日デアル」。内田百間の戦時日記
「東京焼盡(しょうじん)」の序文に、こうある。
その日、マリアナ基地から飛来したB29が
東京に初めて侵入したのだ。やがて全国の都市を
焼き尽くす本土空襲の、これが幕開けであった。
(「日本経済新聞」春秋2013/08/14)

大手町駅、A1出口からすぐそばにあるこの橋。
多くの方に見ていただいて、戦争のむごたらしさと
平和の重みを感じて欲しい。

それが、今年の終戦記念日の、私の思い。

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