« 稲垣潤一さん 『かだっぱり』 時代は彼を待っていた! | トップページ | 【速報】稲垣潤一さんコンサート 2015 in 仙台 観覧 »

2015/11/19

『獄中メモは問う』 突然に、忍び足で、悲劇は襲う

今から75年ほど前、北海道で、ある日突然教員たちが
特別高等警察(特高)に逮捕された事件があった。

50人以上の教員が逮捕されたこの事件、一般的には
「北海道綴方教育連盟事件」と呼ばれる。彼らに
かけられた嫌疑は、治安維持法違反。1940(昭和15)年から
翌年にかけてのできごとだった。逮捕された教員に
共通するのは、子どもたちに綴方(作文)を熱心に
教えていた、ということ。

この事件について私が知ったのは、NHKラジオ深夜便に、
この『獄中メモは問う 作文教育が罪にされた時代』の
ご著者、佐竹直子さんが出演なさったことがきっかけ。
佐竹さんは北海道新聞の記者、この事件で逮捕された
方の獄中メモを手がかりに新聞に連載記事を書き、
本にまとめられた。

作文を熱心に教えていた教員が、ある日突然逮捕
される…恐ろしさと憤り、彼らの教育の内容への
関心が一気に押し寄せる。最近、この本を読み終えた。

北海道の厳しい自然の中で生活と、自分と向き合い、
素直な気持ちを作文に書かせる。今の常識で考えれば、
逮捕される理由が見当たらない。しかし当時の特高は、
「子どもたちへ共産主義を植えつけようとしている」と
いうシナリオのもとに、ある日突然50名以上もの
教員たちを、職場から、家庭から連れ去った。

拷問も平気で行なわれる取り調べ、その中で検事も
筋書き通りの調書を「作る」。子どもたちに囲まれ、
熱心な指導をしていた生活から一転、独房で、
絶望と孤独しかない日々を送る教員…心の安定を
失い、していないことでも「した」と認めざるを得ない
状態に追い込まれる人が大半だった。

こうして有罪判決を受け、教室で帰りを待っていた
子どもたちにも、事情を知らされぬまま、彼らは
職を、ふるさとを追われた。

そんな彼らの弁護を引き受けられた、高田富与
弁護士の存在には、戦時中でもこのような方が
いらしたのだと胸を打たれた。戦後は、初の
公選で札幌市長に当選、在任中にさっぽろ
雪まつりも始められたという。

戦後、1945(昭和20)年10月、治安維持法は
GHQによって廃止され、有罪判決を受けた
方々も赦免された。しかし、受けた心と体の傷、
何より失った職は戻らない。そして、同様の
事件は、やはり北海道での「生活図画事件」など、
他にもあった。「治安維持」の名のもとに、
罪がでっち上げられ、多くの人の人生が
めちゃめちゃにされた。

国が、戦争など尋常ではない事態を行なおうと
するとき、その流れに沿わないものはすべて
罰せられる。穏やかな日々を奪うものは、
忍び足で、しかし突然にやってくるのだと、
嫌というほど思い知らされた。

多くの方にこの本を読んでいただき、日本が
同じ過ちを再び繰り返さぬ材料のひとつに
していただけたら、と願う。

なお、三浦綾子さんの『銃口』も、この北海道
綴方教育連盟事件を題材にしているという。
まだ私は残念ながら読んだことがない。
冬休みにでも読んでみたい、と思っている。

-♪--♪--♪--♪--♪--♪--♪--♪--♪-
【人気ブログランキング】参加しました。
あつかましいのですが、
よろしければクリックお願いします。

|

« 稲垣潤一さん 『かだっぱり』 時代は彼を待っていた! | トップページ | 【速報】稲垣潤一さんコンサート 2015 in 仙台 観覧 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/73691/62712065

この記事へのトラックバック一覧です: 『獄中メモは問う』 突然に、忍び足で、悲劇は襲う:

« 稲垣潤一さん 『かだっぱり』 時代は彼を待っていた! | トップページ | 【速報】稲垣潤一さんコンサート 2015 in 仙台 観覧 »