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2016/03/10

「オールナイトニッポンALIVE ~ヒットこそすべて~」 日常に寄り添い、魂を揺さぶる名曲たち

3/1、日本武道館で行われた、
「オールナイトニッポンALIVE 
~ヒットこそすべて~」
を見に出かけた。

Blog160310a


ライブを知ったのが昨年11月。発売日にチケットを買え、
忙しい中のプレゼントと思い、楽しみにこの日を待った。

この日私は、仕事でトラブルに出くわしてしまった。私の
落ち度はない、と皆が言ってくれる中、(自分の不注意を
棚に上げて)私に文句を言う同僚が出た。

(車で言えば、もらい事故みたいなもの…)
と言い聞かせながら、釈然としない思いを胸に、この日は
一日仕事をしていた。そして、そんな思いを抱いたまま、
武道館へと足を向けた。

ただ、この日は、チケットを発券してからずっと嬉しかった
ことも、胸の中にあった。それは、「生まれて初めて、
武道館の1階席でライブを見る」こと。高校時代から
数えて、幾度となく足を運んできたこの場所で、私は
2階席からしかライブを見たことがなかった。ファンクラブ
優先枠のないライブで、どんなに早く当選しても、
抽選で招待されたイベントでも。

それだけに、
(どんなふうにステージが見えるのか…)
落ち込んだ中でも、期待は、忘れてはいなかった。
会場入り口には、ゆかりのアーティストの皆さんからの
お花が、会社の歴史を物語るように、ズラリと並べられて
いた。

Blog160310b

およそ5年ぶりの武道館、座席にパンフレットが
差し込めるようになっている。取り出して、座席を
手前に倒す。

座って、息を呑んだ。
(…こんなに近い!)

てっぺんから見える光景とは、明らかに違う、ステージの
近さに心が躍る。
(とにかく、夢の顔合わせ、楽しもう!)
言い聞かせるように開演を待った。

会場は満員、ステージバックスタンドにも観客が座る。
私以上の世代の方が圧倒的に多い。

開演までの時間、ステージ左右のスクリーンには、
「私鉄沿線」、「今日までそして明日から」、「白いサンゴ礁」、
「海は恋してる」…往年のヒット曲のレコードジャケットが
映し出され、曲が次々と流される。

そんな中、開演前の、注意を告げるアナウンスに耳が留まる。
聞きなじんだ、ニッポン放送東島衣里アナウンサー
お声だった。

今日のライブは、「ニッポン放送『HAPPY FM93』開局記念&
フジパシフィックミュージック創立50周年コンサート」と
銘打たれていた。だから、この展開も納得。

開演時間の18:30からほどなくして。スクリーンには、
四角いラジオが映し出される。
「懐かしいね…」
つぶやいた方がいらした。

続いて、ラジオをチューニングする音、そして、
これもまた、私にとってはおなじみの、
ニッポン放送・上柳昌彦アナウンサーのお声が、
場内いっぱいに広がった。

上柳さんのナレーションで、1966年にパシフィック
音楽出版(現・フジパシフィックミュージック)設立、
そして、翌1967年、「オールナイトニッポン」放送開始、と
いうお話が語られる。BGMは、「スピーチ・バルーン」
(故・大瀧詠一さんの作品)のメロディー。

曲の原盤権、出版権などを管理する、このフジ
パシフィックミュージックは、ニッポン放送の子会社と
して設立されたという。そして、オールナイトニッポンでは、
若者に人気の曲が流された。

これらの黎明期を語る時、絶対に欠かせないのが、
「帰ってきたヨッパライ」(ザ・フォーク・クルセダーズ)。
1967年の大ヒット曲。帰宅して知ったが、これはオリコン
チャート史上、初のミリオンヒット。

もちろん、この曲でライブは幕開け。

ステージにはもちろん、きたやまおさむさんと、
坂崎幸之助さん。私はきたやまさんを
拝見するのが初めて。紺のジャケット、
アイビールックにヒット当時の世相と
ファッションを思う。坂崎さんは2002年の
再結成の際、メンバーとして活動なさっている。

おふたりに代わってステージに現れたのは、
泉谷しげるさん。「春夏秋冬」(1972年)。
黒の革ジャン、デニムがよくお似合い。
泉谷さん流の語りで、観客を励まされる。
客席、早くも大合唱。

不愉快な出来事のあった私の心を、
思いがけず、この曲が強く揺さぶる。
(そう、切り替えてまた進めばいい…)
素直に、そう思わせてくれた。
アコースティックギターの弾き語りで歌われつつ、
後ろの客席にも気配りを忘れない。泉谷さんは、
そういうお方。

泉谷さんご退場のタイミングで、バンドの皆さんが
ステージに。続いてのご登場は、宇崎竜童さん
ダウン・タウン・ブギウギ・バンドを思わせる、
サングラスで「スモーキン・ブギ」(1974年・
ダウン・タウン・ブギウギ・バンド)。
ふと気づくと、バンドの皆さんもサングラスで熱演!

「ニッポン放送のスタジオで、僕らレコーディングを
しました…」
そして、続いて、もちろんこの曲。「港のヨーコ・
ヨコハマ・ヨコスカ」(1975年・ダウン・タウン・ブギウギ・バンド)。

(宇崎さん、カッコいい!!)
先日、古希記念ライブ(還暦ではない!)を開かれた
ことが、脳裏をよぎる。
(70歳?!お若い!ダンディー!!)
きっと、会場中が、そう思ったことだろう。

続いてステージにいらしたのは、小田和正さん
「小田さーん!!」
あちこちから、黄色い歓声が飛び交う。

(何を歌われるのかしら…)
小学生の時、アイドル好きだった私を、「YES-YES-YES」で、
今へ続く道へ導いたのは、オフコースの音楽だった。
その後解散までずっと、オフコースの奏でるサウンドと
見事なハーモニーを聞き続けてきた。

小田さんのソロステージを見るのは、初めてのこと。
どんな曲を選ばれるのか、ヒット曲があり過ぎて、
皆目見当もつかなかった。

何と、小田さんが選ばれたのは、「僕の贈りもの」
(1973年)。今日のバンマス・佐橋佳幸さん
おふたりで。
(まさか、この曲をここで聞けるなんて…)
後追いで知った曲。まさか生で聞ける日が来ようとは、
思いもしないことで、私の記憶の奥底の思いと、
現実のできごとが交差して、生きていることへの
感謝があふれ、ここでもまた、魂が揺さぶられた。

続いて、鈴木雅之さん桑野信義さん(trp)、
佐藤善雄さん(バスボーカル)と、合計3人での
ご登場。そう、シャネルズ!
「ランナウェイ」(1980年)。曲の年代も80年代へ。
もちろん、武道館は大合唱!バンドの皆さんも、
白い手袋で演奏。
(宇崎さんの時のサングラスといい、リスペクトと
おしゃれ心が効いていて素敵!)

続いて、「め組のひと」(1983年・ラッツ&スター)。
踊り、歌う客席。ここで桑野さんと佐藤さん、ご退場。
この2曲は、それぞれのデビュー曲だったとおっしゃる
鈴木さん。そして、おひとりになったので、今度は、
「ガラス越しに消えた夏」(1986年)、ソロデビュー曲で、
ステージを締めくくられた。

そして、鈴木さんが招き入れられたのは…稲垣潤一さん
(素敵なツーショット!)
鈴木さん、
「共通点が多いんですよね…」
と、稲垣潤一さん『闇を叩く』のあとがきで、鈴木さんが
書かれた内容に触れられる。

おふたりの会話の間に、稲垣さんのドラムセットの
セッティングが進む。稲垣さんはこの日、
白いベストに黒のシャツという装い。ベストで
出ていらしたので、
(「叩き語り」だわ)
稲垣さんファンは気づいていたはず。

「フジパシフィックミュージックのスタッフの、
たっての希望でして」
と、前置きを言われてから、「ドラマティック・レイン」(1982年)。
今のライブでも、この曲は叩き語りで歌われる(詳しくは私の、
稲垣さんのライブ記事をご覧いただきたい。blog左サイドのバー・
稲垣潤一さんカテゴリー内記事)。

稲垣さんご退場、そして、ドラムセットを手際よく、7、8名の
スタッフの皆さんで片付けられる。その間に、バンドの
皆さんか奏で始めたメロディーで、次のアーティストの
曲がわかった。

それは、EPOさん。曲は「う、ふ、ふ、ふ」(1983年)。
白いミニワンピース、流行りの、これも白いフラット
シューズがよくお似合い。笑顔でステージを
所狭しと歩き回り、客席に歌いかける。
佐橋さんも、とても楽しそう!

現在、カウンセリングやヒーリングの分野でも
ご活躍のEPOさん。それもあってか、ステージを
見ていると、元気なパワーをいっぱい
受け取りたい、という気持ちにさせてくれる。
ステージを見つめ、私も、気づけば笑顔で
曲を口ずさむ。

明るくポジティブな雰囲気をステージに残し、
EPOさんはご退場、代わってのご登場は、
平松愛理さん。白い、レースを使った
ワンピースが、これまたよくお似合い。
ステージには、キーボードも運ばれる。

「この曲も来年で25周年です…ちょうど、
『オールナイトニッポン』のパーソナリティを
している頃に、できました」
もちろん、「部屋とYシャツと私」(1992年)、
弾き語りで。

四半世紀の間、ご自身にもさまざまな出来事が
降りかかりつつも、微笑みを絶やさず、この曲を
歌い続けてくださったことに、素直に敬服。

ここで再び、上柳アナのお声。大瀧詠一さんが
1975年にプロデュースをされ、当時のニッポン放送で
レコーディングされたというご紹介がある。

ステージ両脇スクリーンには、山下達郎さん
ライブ映像、「DOWN TOWN」(SUGAR BABE)が
流される。達郎さんのライブ映像をこんなところで
見られるとは、思いがけない贈り物。今日のバンマス、
佐橋さんの演奏も見られて楽しい。

映像の演奏終了後、ステージには坂崎さん、
EPOさんと平松さん。お三方で「空飛ぶ・うららか・
サイダー」(1973年・大瀧詠一とココナツ・バンク)。
EPOさんは先ほどのワンピースの下にデニム、
ロングブーツとカジュアルないでたちにチェンジ。
お三方でのきれいなハーモニー、「♪サイダー」に、
当時のCMを思い出された方も多かったことだろう。

「というわけで、大瀧詠一さんコーナーです」
坂崎さんが仕切り、井上鑑さんがレコーディングの
思い出を語られる。大勢のミュージシャンが
集められた、という特徴的なお話。
「グランドピアノとアップライト2名ずつ、ピアノ4人で
演奏したりしました」

EPOさんも、大学時代のコーラスレコーディングの
アルバイトで、シャネルズとすれ違っていた、と
いう思い出を語られる。

代わって、ステージには再び稲垣潤一さん。
今度は黒いジャケット着用。つまり、ヴォーカルに
ご専念。

「大瀧さんには一度だけお会いしたことがあります…
『稲垣君は伊達藩(の出身)だよね』と言われて…
後でよく考えたら、大瀧さんも、南部藩ではなく、
伊達藩だったんですよね」
しかし、初対面でこの会話、大瀧さんならでは、と
改めて思う。

曲はもちろん、「バチェラー・ガール」(1985年)。
佐橋さんがコーラスもなさる。

さっきとは逆パターンで、鈴木雅之さん。
「冬のリヴィエラ」(1982年・森進一さん。)去年の
「風街レジェンド2015」(2015/09/13記事)再現の
ようなステージ、マーチン節を堪能する。

ここで大瀧さんコーナーは終了、ステージには
藤井フミヤさん
「フミヤ!」
あちこちから声が飛ぶ。
(みんな元気かな、今もファンかなぁ…)
中学・高校時代の同級生たちには、どこに
行っても彼のファンが数え切れないほどいた。
昔の彼女たちのような人が、今の声の主たち。

「今日はレコーディングの時のギターを持って
きました」
と言われる佐橋さん、
「これは、この曲を作ったギター」
と言われるフミヤさん。
曲は、そう、「True Love」(1993年)。
会場中が、歌と演奏に引き込まれる。

ここでまた、スクリーンにヒット曲のレコード
ジャケットの画像が流れ、上柳アナのナレーション。
ラジオから多くのヒット曲が生まれ、多くの若者の
普遍的支持を集めた、というお話。

(この間に場面転換、あとはセッティングに
時間がかかる人って…)
そう、この日、唯一のバンドでのご出演者が、
まだ残っていた。

ステージには、ウルフルズの皆さん。ピンクパープルの
ような色合いのトータス松本さんを筆頭に、皆さん、
色の違うスーツを着こなしていらして、カッコいいし、
お似合い。

「バンザイ~好きでよかった~」(1996年)。
ふと思う、こういう曲をいつも同じように演奏し、
歌い続けられることは、メンバーの皆さんの
パワーや心の安定、どれが欠けても成立しない。

続いて、「ガッツだぜ!!」(1995年)
(男も女も、頑張っていきましょう!)
会場中がパワーをもらう。
(素晴らしいです、いつまでも、パワフルな歌と
演奏を楽しみにしています!)

ウルフルズの皆さんはご退場。この場面転換の
間も、スクリーンで映像が流れる。画面には、
大原櫻子さん。「オールナイトニッポン0(ゼロ)」で
パーソナリティを務められたこともある。
「ガッツだぜ!!」と「バンザイ~好きでよかった~」の
間に生まれました、とも言われる。

昨年大晦日には、第66回NHK紅白歌合戦で、
紅組トップバッターで「瞳」を、まっすぐに、爽やかに
歌ったことをご記憶の方も多いことと思う。
ちなみに、彼女はフジパシフィックミュージック所属。
(これからも、ご活躍を楽しみにしていますね!)

残るご出演者は、お一人になった。Superfly
彼女のパワフルな歌声は、一度生で聞いてみたいと
思っていた。気合を入れたい時、私は「タマシイ
レボリューション」で、自分にスイッチを入れる。
この日最年少のご出演者。「しほちゃーん!」と掛け声も飛ぶ。

「Beautiful」(2015年)
(嬉しい!)
一度聞きたかった曲!

「今日は光栄です」
続いて、大人世代に人気の曲、
「愛をこめて花束を」(2008年)。

これで、今日のご出演者が歌い終わった。
しかし、これでライブは終わりではない。まだ、
大事な曲が歌われていない。

坂崎さん、EPOさんと平松さん。
(ということは…)
イントロで、予感が当たったと分かる。
「白い色は恋人の色」(1969年・ベッツィ&クリス)。
きたやまおさむさんと加藤和彦さんの作品。
この日限定のEPOさんと平松さんのユニット、
とても素敵な組み合わせだった。

EPOさんと平松さん、さわやかに、にこやかにご退場。
入れ替わって、再びきたやまさん。先ほどとは違う、
紺地に白いストライプのダブルジャケットをお召し。
この装いが気になっていたところ、
「これ、加藤の着ていたものです」
とお話がある。実は坂崎さんご着用の、落ち着いた
赤い色のスーツもそうだと言われる。
(加藤さん、おしゃれでいらしたっけ)

「40着くらいもらいましてね」
ここで、トルソーに着せた加藤さんの衣裳も登場。
ひとしきり、加藤さんの思い出話に花が咲く。
きたやまさんの、かつての同志・加藤さんへの、
今なお変わらぬ思いが痛いほど伝わった。

「コブのない駱駝」(1968年・ザ・フォーク・
クルセダーズ)。そして、この曲のシングルA面だった、
「悲しくてやりきれない」(同)。

(あぁ、もうすぐライブが終わるのね…)
ここまで聞いて、しみじみ感じた。あと1曲、絶対
歌う曲がある。それで、この日のライブは幕を閉じる
はず。もっと聞いていたい、という気持ちで胸が
いっぱいになる。
坂崎さんがバンドメンバーの紹介をなさる。

・佐橋佳幸さん(g)
石成正人さん(g)
・井上鑑さん(key)
Dr.kyOnさん(key)
有賀啓雄さん(b)
小田原豊さん(dr)
・スパム春日井さん(per)
金原千恵子さん(vl)

そして、ご出演者全員がステージに再び並ばれる。
「あれ、泉谷さんは…」
帰られた、とのお話。
(泉谷さんらしい)
怒る人は誰もなく、会場中がこう思ったことだろう。

今日の企画を考えたら、最後はこの曲しかない。
イントロに合わせて坂崎さんが、
「あ・の・す・ば」
と言われる。そう、「あの素晴しい愛をもう一度」
(1971年、加藤和彦・北山修)。スクリーンに歌詞も
映し出され、文字通り会場中で大合唱。
客席にはハートの紙もひらひらと舞い落ちる演出。

オフコースのファンになった数年後、稲垣さんの
ファンになった私。稲垣さんと小田さんが同じ
ステージで歌われるのを生で見て、こんなことが
起きるのかという、幸せな気持ちで満たされた。

こうして、21:20、ライブは幕を閉じた。
終演後、すれ違う人々は、皆、満ち足りた笑顔
だった。私も同じ表情をしていたことだろう。

ヒット曲が、文字通り綺羅星のごとく並んだ
この日のライブ。ヒット曲の持つ、「日常に寄り添い、
良い時も、そうでない時も、体の奥深くに入り込み、
魂を揺さぶる」パワーを、思いがけず体感した。

心も体も調子が良いときばかりではない。良くない時
だからこそ、歌に励まされ、歌の力で、再び前を向ける。
そんなことを身をもって感じた、約3時間のライブだった。

そして、40年、30年、20年と今なお色あせず歌われ、
聞き続けられてきた、これらの曲を生み出した
ご関係の皆さんに、感謝せずにはいられなかった。

武道館を出て、大混雑の中、ゆっくり歩く。
ふと空を見上げる。雲間から見えた星に、
(そう、自分が誠実に、丁寧に生きるしかない…
そうすれば、必ず晴れ間から光は見える)
そう、励まされた気がした。

数日後。
「先生…
…先日は申し訳ありませんでした」
同僚が声をかけてくれた。

「いいえ、いいんです。先生、お疲れだったのでは
ありませんか」
笑顔で、そう答えた私だった。武道館でのひとときに、
感謝しながら。

【追記】 
長文のライブ記、お読みくださりありがとうございました。

フジパシフィックミュージック公式サイトで、
ライブの写真がこちらでご覧になれます。

この日のライブの模様は、録音・録画していたとのことです。
放送予定はまだ発表されていませんが、どうぞお楽しみに!

-♪--♪--♪--♪--♪--♪--♪--♪--♪-
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